思い出エッセイ〔382〕映画雑記帳153「【麒麟の翼】感想」

 【麒麟の翼】(阿部寛、中井貴一、溝端淳平、新垣結衣、田中麗奈、松坂桃李、三浦貴大、劇団ひとり、鶴見辰吾、松重豊、黒木メイサ、山崎努、監督:土井裕泰)。

封切られて三日目とは言え、平日午前中の初回七割を越す観客、かなりなヒットとなる予感がします。
思いつくままに気楽に書かせていただきます。


冒頭のシーン(テレビで何十回?も放映されたと思いますが)、腹部をナイフで刺され、瀕死の男(青柳武明:中井貴一)が、日本橋の麒麟像の所まで辿り着き、血に染まった白い折鶴を飛ばす・・・導入として非常に印象的であり、見る者の想像を膨らませる。
ダイイング・メッセージ?誰かに伝えたい思い?誰かの所に飛んで行ってもらいたい・・・?

(麒麟とは、中国の想像上の霊獣と言われ、普通は翼がなく、日本橋の麒麟像はこの橋から遠くへ飛び立ってもらいたいという思いをこめて、羽をつけたそうです。身近なところの麒麟像としては、キリン・ビールのデザインがあります)

私個人がすぐ思い浮かべたのは、我が家の最後のペット、猫のボウヤをお寺に葬りに行った時、ウチの質素な死出の旅路姿に比べ、一緒になったワンちゃん、豪華な棺に蘭の花いっぱい。数人のお見送りの方が、一斉にたくさんの折鶴を膨らませて、愛犬の廻りに置いたシーン、つまりその折鶴に乗って、或いは守られて、魂が飛翔するというイメージです。

そんなことをあれこれ思っていても、天下の日本橋での殺人事件ですから、あっと言う間に捜査網が張られ、近くの茂みに隠れていた若い男(八島冬樹:三浦貴大)が尋問される。
彼は道に飛び出し、走って来たトラックにぶつかって、意識不明の重体となる。
被害者の財布などを所持しており、容疑者とされるが、冬樹の恋人、中原香織(新垣結衣)は、彼はそんな人間ではないと信じている。

日本橋署の加賀恭一郎刑事(阿部寛)は、警視庁捜査一課刑事、松宮脩平(溝端淳平)とコンビを組んで、事件の捜査を始める。

被害者、青柳武明は何故重傷を負っているのに、8分もかけて、麒麟像までたどり着いたのか。
彼は金属部品メーカーの本部長であったことが分かる。工場も自宅も日本橋からは離れている。
持ち物の中に、デジタル・カメラやインターネット・カフェの会員証などがあり、家族は思い当たらないと言う。
容疑者との間に接点が浮かび上がる。八島冬樹は、派遣社員として、被害者の工場で働いていたが、ある日作業中に怪我を負い、本来なら労災が適用されるところ、適用されないばかりか、雇用を打ち切られ、緘口令も敷かれ、所謂労災隠しの対象となる。
その指示を出したのが、青柳とされ、今迄同情が集まっていたのが、急に世間の非難の対象となる。
息子の悠人(松坂桃李)まで亡くなった父親を非難する。

この辺りまでが物語の前半となります。ここまでには、実は殆ど具体的なヒントはありません。勿論プロットの細部が全て最後に繋がって行くのですが。
加賀刑事がある場所を訪ねるシーンがこの前半に含まれていたかどうか、今はっきり思い出せないのですが、登場人物も少ない、それまでと趣きの違うある場所とある人の見せる表情がヒントとなると言えるでしょうか。

日本橋署は割りにのんびりとしているし、加賀刑事も寡黙で、キレルという雰囲気や推理を見せるわけでなし、ちょっと眠くなりました。

冬樹と香織がヒッチハイクで田舎から出て来て、日本橋に着いて、万歳と喜ぶ場面、しかしその冬樹は亡くなり、遺骨を抱いた香織は故郷に帰る決心をする。子供がお腹にいるが、田舎で育てるのは無理ではないかと思っている、こうしたシーンが涙を誘われます。

事件の具体的な鍵は、生前の青柳の家庭生活が語られ、反抗期の悠人は事あるごとに父親に反発する、しかし父親はそんな息子の態度にも、親としての愛情を持って見守り、行動する、ストーリーの後半から語られ始めます。
悠人を中心として、学校生活、スポーツの場、友人関係などのシーンが多くなり、活気を帯び始める後半は、前半と雰囲気も異なります。全体的に元気があるという感じです。

日本橋周辺のお店や、例えば人形町などの実際の店舗も映し出され、折り紙や布製の筆箱など江戸情緒豊かな商品も紹介されて、カラフルな雰囲気も醸しだされる。

日本橋七福神の水天宮、十年以上前友人と七福神参りのウォーキングをしたことが思い出され、実際にこの神社が謎解きとも深く関わっているので、ストーリーへの引き込まれ方も前半と異なるように感じました。
そして人々の心の奥や真の姿が語り出されるにつれ、それまでどちらかと言えば、淡々とした態度、捜査に終始していた加賀刑事の表情も豊かになり、人間臭さが滲み出て来る。

阿部寛も、失礼な言い方かも知れませんが、どんな役柄も演じられる、演技の幅の広い俳優になったとあらためて思いました。
若い時は、カッコよ過ぎて、役柄が限られた観がありました。
家族がかなり以前 話していたことですが、阿部寛と加藤雅也、野村宏伸が六本木辺りのクラブに繰り出すと、他のお客がシーンとなった、と言われていたとか(事実かどうか分かりませんが)。
また本人が真っ赤なポルシェ(フェラーリ?)に女性を乗せるような役しかこないとぼやいたとか、或いは何とかしなければならないと言ったとか、とにかくある時期から俳優として変わり始めたと思います。

勇猛果敢な武将が似合うようになったのは、大河の平知盛あたりからのように思いますし、謙信は頂点と言えるかと思います。
ヤクザをやると、タッパがあるだけにほんとにスゴミがあります。
大脱線してしまいました。申し訳ありません。

特に後半からエンディングにかけて、加賀恭一郎という人間を創り出し、定着させた観がありました。

中井貴一もひたすら息子のことを思う、地味なお父さん役に徹していて、親という存在の切なさを演じ切っていました。
エンターテインメント映画であるけど、登場人物の人間性も丁寧に描き分けられていて、気持ちよく見られる佳作だと思いました。終盤のストーリーがきちんと冒頭のシーンに繋がっているという感じです。 
「麒麟の翼」というタイトルも秀逸です。  《清水町ハナ》

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