映画雑記帳132「【ブラック・スワン】感想」思い出エッセイ〔341〕

 【ブラック・スワン】(ナタリー・ポートマン、ヴァンサン・カッセル、ミラ・クニス、バーバラ・ハーシー、ウィノナ・ライダー、監督:ダーレン・アロノフスキー)。

 この映画については去年から聞いていて、いつ公開されるのかと思っていたのですが、随分遅れた感じです。どういう事情があったのか、これも大災害の影響があったのでしょうか。
観客は結構多くて、近場の映画館で久しぶりの10時台の初回ですし、平日の二回目、八割近く。三回目のお客も列を作っていました。

密度の濃い、映画らしい映画、と言って内容は今の諸般の事情を考えると、浮世離れしていると言えるかも知れません。というようなことを書いてしまいましたが、普通に鑑賞して来た映画の内容が少々変わっていても、別にどうということもなかったのに、我々の日常の方が信じられない状況と言った方がいいのかも知れませんが。
いずれにしても、いつでも人気のある「白鳥の湖」の音楽とバレエが全編を覆っているということもお客の足を向わせたと言えるように思います。

それでいて、主演のナタリー・ポートマンがアカデミー賞主演女優賞をとったことだけが際立ったニュースで、他には殆ど情報がなく、内容については全くと言ってよく知りませんでした。


バレエ、「白鳥の湖」で白鳥を踊るプリマに悪魔役が絡む冒頭のシーンが内容の暗示となっていることは見終わってから分かることです。

ニューヨークのバレエ団。長年プリマ・バレリーナを務めたべス(ウィノナ・ライダー)が引退することになり、監督のルロワ(ヴァンサン・カッセル)は次のプリマはオーディションで決めると発表する。
ニナ・セイヤーズ(ナタリー・ポートマン)は母(バーバラ・ハーシー)と二人で暮らし、他のことには目もくれず、バレエひと筋の毎日である。

ニナは、清純な白鳥には向いているが、官能的な魔性を持つ黒鳥を演じるには、男友達もいない彼女は、女性としての経験も魅力も不足とルロワは言う。

リリー(ミラ・クニス)という不敵な態度の新人も気になる。
ニナは、ベスの口紅を濃く引いて、ルロワを訪れるが、そんな小細工も彼にはお見通しで、手ひどい言葉で追い返される。

自分にはチャンスはないと思い込んだニナだが、意外にもルロワが選んだ主役はニナだった。黒鳥の踊りはリリーが手本ともルロワは言う。

ニナは必死に練習するが、不可解な出来事が起きる。また今までニナのために自分を犠牲にして協力して来た母親まで、自分を思い通りに支配してきたような、疎ましい存在に思えてくる。

初日も近い夜、リリーがニナを誘い出し、バーで薬を入れた酒を飲ませ、男友達も紹介する。
破目を外したニナは母親に悪態をついて、締め出し、リリーと放埓な時を過ごす。

翌日リハーサルにニナは遅れる。
稽古場ではリリーが代役として踊っていた。前夜ニナと行動を共にしたことなどないと言う。ニナは混乱する。
元々爪で肌を傷つける癖があり、母親はいつも爪を短く切ることを怠らなかったが、自覚がないままに肌の傷は広がり、まるで黒鳥の羽を引き抜いた跡のようになっていく。

公演初日、母親はニナが具合悪いと劇場に連絡するが、ニナは劇場に駆けつけ、心身共に不安定なまま踊り出す。
案の定、相手役の男性がニナを取り落とす、大きなミスも出る。
一旦楽屋へ戻ったニナは黒鳥の準備をしているリリーを見て、取り乱す。

しかしブラック・スワンを踊るために再び舞台へ出る。黒鳥になり切った素晴らしい踊りだった。
フィナーレ。死に至る白鳥をニナは完璧に踊り、観客は熱狂し、ルロアも駆け寄る。


バレエやオペラが絶頂を迎えたところで突然張りつめた糸が切れる、そんな終わり方です。
観客も最後まで結末が、予想がつかないまま、いきなり‘the end’を突きつけられ、え、アラー、まさか、という感じに捉われることになります。

さっきのあれは何だったの、あの場面のリリーの行動は・・・次々に思い出そうとするでしょう。どこまでが現実でどこまでがニナの内面に関わることか、映画ははっきり描いているわけではないので、見終わった後も、(私と同じく)暫く心迷わせる方もいらっしゃるかも知れません。
久しぶりに古典的な匂いのする、丁寧に作られた作品を見たという思いは持ちましたが。

この作品をミステリーと書いていたものもあり、スリラーの分野に入れているものもありました。何れにも属さない感じもしますが、私は一応ミステリーとしようと思います。

ナタリー・ポートマンの一人舞台です。
ダンスの場面は一人で踊ったことにされているけど、実はそうではない、特にトーで踊る場面、などと、実際に代わりに踊った人が発言しているなどと聞きました。
確かにトー・シューズの場面は足元だけ映る場面が何回かありました。でもそれは大したことではないと思います。完璧なバレリーナであることが要求される作品ではないと思うので。

この映画を見ていて、フランス映画【ピアニスト】にかなり似ているところがあるように何度か思いました。
結構前の映画なので(2002)、細かいことは覚えていませんが、主人公は芸術家。バレリーナに対してソリストを諦めたピアノ教授。

Obsession という言葉が適当かどうか、自分自身を開放できない、殻をまとった姿で、その中の自分でも掴みきれない感情というより時として衝動、狂気に近い精神状態・・・が渦巻く。支配的な母親の存在(と、ひとくくりに言ってしまっては、ニナの母親が可哀相。かなり違います)。程度は違うが自傷行為がある。
その殻を破ろうとする役割を演じるのが、ルロワ、リリー。【ピアニスト】ではブノワ・マジメル演じる音楽学校の学生。

しかし、フランス映画では女主人公は中年に近い年齢で、既にピアノの教授という地位に安住し、同じ固い殻をまとっていても、中に渦巻いているのは、ニナと全く異なり、異常な妄想、性癖というようなもので、ここで本質的な違いが生じます。
主人公にシンパシーを感じるか、そうでないか、決定的な相違という結果になると思います。どちらがいいということではなく、勿論映画としての出来は関係ありませんが。

あまり関係のないことを書いてしまったような気もします。
しかしルロワがニナに、リリーにかなわない点と言って、口にしたり行為で示したりすることが、かなり単純であるように感じました。
ニナと正反対、という膨らみのない言葉が当てはまるような、リリーの言動も説得力に欠けると言うか、平板という感じは否めません。

そこに、これがニナの妄想と言われても、見ている者にも実感が湧かない、消化しきれていない場面という思いさえ持ちました。
実際何も知らない者が純粋無垢とは言えないし、リリーのような経験をしていれば、黒鳥を演じられるという割り切り方も少々納得のいかない点でもありました。
バレリーナの葛藤がモチーフなのか、人の内面を描いたのか。

最後は本当に衝撃的です。可哀相です。  《清水町ハナ》

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