時事雑記帳32「Nスペ:プーチンのロシア3 グルジアの苦悩」思い出エッセイ〔173〕

 「NHKスペシャル:揺れる大国 プーチンのロシア3 離反か従属か~グルジアの苦悩~」(3月22日21時)。上記、ブログ・タイトルは本タイトルを省略。NHKスペシャル・ホームページのタイトルは、‘~離反か従属か~’が最初に来ています。新聞の番組紹介欄のタイトルは「グルジア紛争の真相」、副題は“引き裂かれた家族の涙”“大国の脅威”。

今までも感じていたことですが、NHKスペシャル・ホームページのタイトルと新聞の番組紹介欄のタイトルが異なっていて、かなり意味合いや印象が違う場合があります。
新聞の方が仮題のまま出しているかと思いますが、今回は、「グルジア紛争の真相」は内容から離れているというか、真相を語っているという実感は持てませんでした。

グルジア取材班の車が検問所に近づくと、許可が必要だからカメラを止めるように、案内人のグルジア政府関係者に言われる。
100メートル程先にロシアの大砲が砲門を向けている。

去年八月、武力紛争が勃発したが、ロシアはグルジア軍を圧倒。グルジアの都市は戦火に曝された。
ゴリの街の中学校には、家を失った子供300人が一緒に暮らしている。

ロシアから故郷のグルジアに一時帰国していた家族はロシアに戻れなくなった。
紛争は多くの家族を引き裂いた。

既に放送された分でも印象的に語られた惹句ですが、例えば、
「旧ロシア帝国の復活を(目指す)プーチン」
「世界の中で異質の存在感を際立たせるロシア」
「混沌としたエネルギーが渦巻いている」
「軍事、外交などで、独自の道を歩み、軋轢を生みながら、拡大を続けている」
などという表現が繰り返されます。

モスクワの一角に立つグルジア正教教会には、モスクワで暮らす100万人のグルジア人移民や労働者が集まる。
グルジア存亡の危機であると司教は語る。

グルジアはロシアに占領され、分断されたという意見に対して、自分達の非も認めなければならない、もしそうしなければ、グルジア人は全員ロシアを追い出されるという意見もある。

アンドール・マツカトフさん(Mさん)は、柔道教師で、9年前グルジアを出て、ロシアで道場を開いた。
ここ数年、グルジア人に風当たりが強くなり、Mさんの道場の(家賃?)は3倍になり、他を探している。

Mさんの妻と娘がグルジアに帰っている時、国交断絶となり、二人はロシアに帰れなくなってしまった。家族が離ればなれになって五ヶ月になる。

嘗て二つの国はソビエト連邦という国だったが、2004年、欧米の後押しで、「バラ革命」が起きた。
NATO加盟の動きも始まった。

NATOは、ソ連崩壊以降、東欧を呑み込み、旧ソ連邦諸国に迫って来た。

見せしめとして、ロシアはグルジアを痛めつけた。
グルジアからの独立を画策する南オセチアを支援。

グルジアが南オセチアに侵攻した時、ロシアはそれを撃退し、グルジアに迫った。
両国の関係は最悪となる。

ロシアとグルジアの境、コーカサス山脈を(望む所に)ゴリの街がある。
紛争の夏が明けて、転校して来た300人の避難民の子供の中に(柔道家)Mさんの子供もいる。

Mさんの妻子は、ゴリにある妻の実家に身を寄せている。9年前にこの街を離れて、モスクワに移り住んだ。
今は夫からの送金を頼りに暮らしている。
冬が近づいても、避難民の子供が残っている。

南オセチアから逃れて来た子供達一家はロシアとグルジアの関係に振り廻されて来た。
境界線から7キロの村で、林檎を栽培して来たRさんは、村に帰ってみるが、家は焼き尽くされていた。

(軍隊が押し寄せて来た日)、家を守ろうと一人残ったRさんは、南オセチアの軍隊の知り合いの一人に、すぐ逃げるようにと(耳打ちされた)。
Rさんは、ロシアと南オセチアの微妙な関係の中で、林檎を売って来た。
グルジアに帰っても、仕事を探せる当ては全くない。

グルジアのNATO加盟は時期尚早と否決された。
グルジア(国内)でも、ロシアの力を認めざるを得ないという雰囲気が生まれ、アメリカを非難する声も(出るようになる)。

ロシアとの関係修復なしに、グルジアに戻れないのではないか。
サーカシビリ政権の支持率は急落する。

Mさんの妻の母親はサーカシビリ政権を支持している。
ゴリの街を見下ろす山の上の教会を、妻と娘は訪れる。

強い国家を目指すプーチンと向き合うことに疲れ始めている。

グルジアが独立した時、コーカサス山脈が国境となり、その山の麓に南オセチアがある。
もう一つの境界線がグルジアとの間に引かれようとしている。

(林檎農家の)Rさんは、家族をゴリに残して、一人、村で家作りをしている。
村中停電していて、ロシアがまた攻めて来るという噂もあり、本当に家族を連れて来ていいものかとRさんは迷うが、林檎の生産を再開しなければ暮らして行けない。

毎年、国営テレビで「プーチンとの対話」が放送されるが、プーチンは、グルジアが紛争を起こしたと非難し、政権の責任を問う。

Mさんの妻と娘は、ゴリの街で、生まれて初めて、父親のいない正月を迎える。
ゴリとモスクワは一時間の時差がある。

モスクワで、Mさんは、新たな問題を抱えている。雪道で車の事故を起こしたのだ。
賠償金の工面に追われている。
柔道教室は月謝を半分にしたが、生徒は減る一方。零下15℃の屋外での練習である。
一月六日、ロシア正教のクリスマスの日、家族に電話するが、寂しくてたまらない。

Rさんの家族が、揃って村に戻って来た。
大きな不安を抱えたまま、村の暮らしを再開し、新たな一歩を踏み出す。

サーカシビリ大統領に辞任を迫り、存在感を増すプーチン。新たな緊張を増すコーカサスの地。
(以上、番組紹介。メモの間違いがありましたら、お許しください)


グルジア事情について、マスコミで報道されていること以外に殆ど知識も情報も持たない私には、紛争後の二つの家族を追った取材は、興味深いものではありました。

ただ、前回と同じ感想になりますが、グルジアという国の基本的な紹介、紛争の原因と経緯、そう言ったことについて、何らかの形での解説、情報を出すことが必要ではと感じました。

例えば、「バラ革命」という言葉を出すだけで、解説がない(因みに、ウクライナは「オレンジ革命」、キルギスは「チューリップ革命」というそうですが)。
こうした点にもの足りなさを感じました。

しかし、Google map などで、ゴリの街の位置を確認したり、北オセチアを発見して、小学校占拠事件という悲惨な人質事件などを否応なく思い出し、こうした番組を機に、自分で勉強をすべきなのだと気づかせられもしました。

いずれにしても、映像は、資料だけでは読みとれないこと、映像のみが伝えられることを映し出すことが主たる役割だと思いますが、私がこうした番組の拙いブリーフィングを試みているのは、情報性、資料性を持つ番組だからで、私自身、番組を見終わると、その情報、資料に当たる部分を覚えていない場合が多いからでもあります。文字通りの覚え書です。

番組とは関係ないことですが、ゴリの街、モスクワで柔道を教えるグルジア人という二つのポイントに、少々の象徴性を感じました。
ゴリの街は、嘗てソ連邦に君臨したスターリンの出身地であり、その時代にはそれなりに脚光を浴びていたと思われますし、周知の通り、プーチン首相は柔道家であります。五段だそうですが、来日の折、講道館が名誉六段を贈ろうとしたら、鄭重に断ったそうです。

グルジア人のMさんは、どこで柔道を修行し、何段なのか、紹介はありませんでしたが、紛争までは、教室も盛況だったようで、いい車も持っています。
彼なりに時代と権力の推移を読んでいたのに、平たく言って、世も移り変わるということのようです。  《清水町ハナ》

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