思い出エッセイ〔27〕「番外編:上海雑記(鄭蘋如事件)」

鄭蘋如(てい・ひんにょ)という名の、美貌の女スパイをご存知でしょうか。今や「ビンルー」とも呼ばれて、知る人ぞ知る存在らしく、日本の漫画などにも登場して、近く映画化も予定されているとか。「春巻雑記帳」という素敵なブログサイトで、彼女の絶世の美女ぶりを写真で見せていただきました。まずは春巻さんに感謝申し上げたいと思います。

テイ・ヒンニョとは、日中戦争時の国民党政府・蒋介石側のスパイであり、上海にあった、日本の特務機関に二重スパイとして潜入し、二十代前半の若さで刑死した、日中ハーフの美貌の女性です。

鄭蘋如(てい・ひんにょ)と彼女を巡る事件については、いずれは書くつもりでいました。でもそれはかなり先になる筈でした。書くためには、しまい込んである資料とかテープを探し出す必要があり、他の事情もありました。

春巻さんのブログで拝見した二葉の写真は、スパイの影など微塵も感じられない、麗人、深窓の令嬢風、といういささか旧い言葉がぴったりであり(事実彼女は令嬢だったのですが)、何度もアクセスして、見入ってしまいました。
それで、ちょっとコメントまで目が行かなかったのですが、何日か前、書き込まれているコメントの一つを読み、ちょっと考えさせられました。

コメンテイターの方は、このスパイ事件に最も詳しい、そして、関係者のトップともいうべきH氏の、談話速記録という、専門家、研究者向けの資料から、鄭蘋如、処刑の場面を詳しく書き写しておられます。この資料は手に入りにくく、国会図書館などにはあるのですが、古書店でも全部揃った形で出ることは、少なくとも最近の私の検索ではありませんでした。私は未見です。

勿論私は、コメントそのものにあれこれ申し上げるつもりは全くありません。ただ、当時の上海のセピア色の写真なども交えた、郷愁をかきたてられる記事、鄭蘋如が愛人の暗殺を企てる、毛皮店前の一つの山場のエピソード、という構成と、詳細な処刑の場面の記述の間を、僭越ですが、少しでも埋めることができたら、と、今、記憶で辿れる範囲で、事件のあらましを簡単に書かせていただくことにしました。私の方に、そうしたい気持ち、事情もあります。

故H氏は、亡き父の親友でもあります。H氏が、私に、テイ・ヒンニョ事件についてかなり詳しく語って下さったのは、もう二十年も前のことです。
それも、私は別のテーマで、インタビューをお願いしていたので、言わば、エピソード的、雑談風に話してくださったものです。

押入れの奥に入っているはずのテープ類にも、完全な形では録音されていないと思いますし、未見の談話速記録の中に詳細が治められているかとも思います。
またH氏は、中国関係については、聴きたいという人に話しをしたと言っておられましたので、私の書くことがダブる可能性もあります。その点、ご容赦ください。

例えば、西木正明氏の小説、『夢顔さんによろしく』は、まさしく、この事件を舞台にしていますが、春巻さんが「どこからどこまでがフィクションなのか不明」とお書きになっている通り、近衛文隆氏とテイ・ヒンニョの関係については、詳しいことはご本人のみぞ知る事柄ですが、この事件の発端であり、そして、近衛氏が、品のない表現を使うと、彼女にひっかかってしまったことが、重大事件に発展したことも事実です。
作中、H氏が実名で登場します。その描写を見ると、西木氏はH氏に会われたことがあると、私は確信しています。これも西木氏ご本人に確かめないと100パーセント、確実ではないわけですが。

フィクションで、タイトルは伏せますが、テイヒンニョが、実は生きていた、それも老婆となって、というのが、最後の種明かしというのがありました。残念ながら、通用しません。テイヒンニョは死にました。H氏は、完璧な見届け人であります。

春巻さんがお書きになっている通り、テイ・ヒンニョは、中国人を父とし、日本人を母として生まれ、裕福な家庭で育ちました。彼女がどういう理由で、父の国のために尽くそうと決めたのか、それに繋がることは、今は記憶しておりません。

蒋介石の領袖、藍衣社から、日本の特務機関、仮に桔梗機関とでも名づけておきますが(もしかして、本当に「桔梗」だったりして。その時は竜胆と改名)、近衛文隆氏の所属する機関に、二重スパイとして、送り込まれました。蒋介石側からの偽の和平工作情報を携えて。

その偽情報を日本側の特務機関長も信じて、近衛氏という強力なコネを通じて、本国の最高上層部(という言葉を使っておきます)に進言しようと画策し、実行寸前にテイヒンニョの身元が露顕します。彼女への死刑の宣告は当然とも言えます。

その処刑に立ち会う立場の役職者が皆しり込みをし、結局H氏が立ち会うことになったそうです。非常な美人、山田五十鈴タイプ(私は、写真を見て、香川京子を更に美人にしたような感じと思いましたが)、とH氏の言でした。川島芳子など比較にならないとか。「こつまなんきん」など、私は言葉だけ知っていて、意味を知らない発言もありました。遺体はその夜の内に関係者によって、奪還されたそうです。

この事件は、極秘裏に措置することが決められ、責任者の解任、秘密裏の日本送還という形で処分が行われ、ご家族すら事件のことをご存知ないケースもあるそうで、私も、この事件については、この位で今回は控えたいと思います。

H氏が言われたことかどうか覚えていませんが、近衛文隆氏が一兵卒として、中国戦線に送り込まれたことについて、以前は軍の謀略などとも言われましたが、父、文麿氏の手配と聞いたこともあります。
うろ覚えの記憶の中で、覚えている部分だけ書きました。

女スパイは特に、美貌で有能であれば、ロマンをかきたてます。本物の、魅力あるスパイというのは、いるようで、いませんものね。
彼女は、中国側にとっては、英雄ですし、日本側にとっても、未然に重大事を防げたということもあって、特に悪い感情を持つ人はいなかったのではないでしょうか。ムシも殺さぬ令嬢風でも、偽装愛人を暗殺するために毛皮をおねだりし、ターゲットにした、あの男、この男、と関係を持つ・・・男は、彼女に溺れ、彼女が仕掛けた策にはまったことが分かっても、未練を断ち切れない。タフでなければ、スパイはつとまらないのでしょう。

春巻さんが、十数年かかって、漸く手に入れられたという、ビンルーの写真。とにかくまず、清楚という感じを受けます。
贅沢だし、名門の御曹司も手玉にとって、任務を遂行しようとする冷徹さに、どちらかと言えば、我こそは美人の女スパイ、というきついイメージを勝手に抱いていた私の先入観を完全に覆しました。
テイヒンニョは、既に揺るぎのない、伝説の美貌の女スパイとなりました。  《清水町ハナ》

・(注:上記の文は、表現等を多少手直ししました。3/25)

この記事へのコメント

春巻
2007年03月30日 23:22
春巻雑記帳のrivarisaiaまたは春巻です。つたなく、しかも中途半端な私の記事でしたが、興味深いお話をどうもありがとうございます。彼女の遺体はどうなってしまったのだろうか、となぜかとても気になっていましたが、関係者の方が引き取られたのですね。きちんと埋葬されたのでしょうか。だとしたらよいのですが。
冷徹な「女スパイ」ということで、キツイ顔立ちの美人を想像していたのですが、清楚な可愛らしい女性でしたね。時代が違えば、もっと幸せな人生を送ることができたのかもしれないな、と改めて戦争の非情さを思いました。
2007年03月31日 00:40
春巻さん、コメントありがとうございます。旧き佳き上海の郷愁が醸し出されている春巻さんのブログで、鄭蘋如の写真を見せていただいたこと、私には大きな意味がありました。私のアプローチが、春巻さんのブログの得がたい雰囲気を損なうものでなければ、いいのですが。ビンルーの遺体は、関係者(おそらく藍衣社の関係者)により持ち去られ、その後ご両親のもとに戻されたとH氏から聞いたと記憶しています。本当に生まれて来る時代は選べないものです。彼女もああいう時代に生まれたのですが、短く、美しく、燃え尽きたということでしょうか。

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