テーマ:昭和

思い出エッセイ〔479〕「昔の昭和:戦後の生活5-4-1」

 戦後の、1940年代後半から1950年代前半の、関西での学校生活について大まかに書いて来たのですが、書きかけのまま7か月も経っていることに、さすがに余生もいくらもないのに何をダラダラと、と反省しました。と言って思い出したこと全て書こうと思っているわけでもないのですが。 中学、高校と、思い出すことは、まだいくらでもあるのですが、時…
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思い出エッセイ〔473〕映画雑記帳234「【小さいおうち】感想と思い出したことなど」

 【小さいおうち】(松たか子、黒木華、片岡孝太郎、吉岡秀隆、妻夫木聡、倍賞千恵子、橋爪功、吉行和子、室井滋、中嶋朋子、監督:山田洋次)。 よかった、本当に久しぶりに映画に浸り込めた、満足しました。 「赤い三角屋根の小さいおうち」で語られるストーリーが際立って印象に残りました。 そう言っては申し訳ないけど、他の部分は、説明的と言…
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思い出エッセイ〔456〕「昔の昭和:戦後の生活5-3」

 小学校(当時国民学校)の2年や3年で、「教育勅語」を暗唱し、神武天皇に始まる歴代天皇の名をそらんじた世代です。 戦争が始まって、空襲を避けるために疎開したのに、疎開地で空襲に遭い、住む所を求めて彷徨い、人生で最も厳しい数ヶ月を経験する。戦争にも負けてしまった。 やっと東京へ帰れた。ところが・・・ 待っていたものは、それま…
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思い出エッセイ〔444〕「昔の昭和:戦後の生活5-2」

 ★昭和25年(1950)3月・池田蔵相「中小企業の一部倒産やむなし」と発言(同年12月「貧乏人は麦を食え」と発言-筆者追加) 4月・公職選挙法公布 ・第一回ミス日本に山本富士子 6月・朝鮮戦争始まる 7月・金閣寺、放火のため全焼 ・マッカーサー、警察予備隊創設 10月・GHQ、1万余人の追放解除 11月・「君が代」演奏許可 ・政府、旧…
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思い出エッセイ〔439〕「昔の昭和:戦後の生活5-1」

 「もう戦後は終わった」とか「もはや戦後ではない」などと、昭和30年代、時として20年代の終わりにも言われることがありましたが、日本にとって(近代)国家として最初で最後の(おそらく)敗戦が、そのように軽く忘れ去ることができるのか、何事も元に戻るということはない、ある意味現在も戦後の続きであると、考えることがあります。 などと、大袈…
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思い出エッセイ〔431〕「昔の昭和;戦後の生活4 [農家での日々]」

 ‘家庭のエネルギー事情’という小テーマで、戦後の生活について書いてきましたが、ここで言わば番外として、敗戦直前から私が体験した、数ヶ月の、農家での生活について書いてみたいと思います。 プライベートな覚え書の性格も持つもので、個人的なことに関わる名称、場所等について、固有名詞は記していません。 日本の敗戦、つまり太平洋戦争の…
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思い出エッセイ〔423〕「昔の昭和:戦後の生活3(家庭のエネルギー事情など(3))」

 前回、敗戦直後の昭和20年(1945)晩秋から、翌21年の、東京の家庭のエネルギー事情(と言うより、生活そのものについての記述の方が多いのですが)について書きましたが、今回は、その時期のことで思い出したこと、そしてその後の(昭和22年、23年)東京の生活について簡単に記して、23年の末近く、引っ越すことになった、関西での生活について記…
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思い出エッセイ〔411〕「昔の昭和:戦後の生活2家庭のエネルギー事情など(2)」

 昭和20年(1945年)8月15日。日本敗戦の日です。我が家にとっては、それより一ヶ月弱前の7月19日、米軍の空襲により、疎開先の北陸の街が壊滅した日が、事実上全てに敗れた日であると言えます。それからの、農家に置いてもらった何ヶ月かは、家庭のエネルギー事情を語れる日々ではありません。 同年の秋、東京へ帰れることになり、それからの…
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思い出エッセイ〔406〕「昔の昭和:戦中・戦後の生活1家庭のエネルギー事情(1)」

 まさか日本で起きるなど夢想だにしなかった原発事故により、見直さざるを得なくなったエネルギー供給、需給のあり方。直接のヒントにはならないかも知れませんが、私にとっての‘昔の昭和’、子供の頃の、昭和10年代後半から昭和30年頃までを(1941~1955年頃)ひと区切りとして、家庭の光熱事情+水・水道事情を、当時の生活の様子と共に思い出すま…
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思い出エッセイ〔404〕「ラジオ音楽:テレビのワンシーン4」

 テレビのチャンネルを廻したら、「フランク・永井ヒット曲の数々」と題した、ワンマン・ショーの趣きでしたが、局が独自に編集、作成した番組の再放送が始まるところでした(7月28日9時、NHK・BS3「フランク・永井ヒット曲の数々」)。何よりも懐かしさが湧いて、それとフランク・永井をテレビ画面で見るのは、いつのことだったかという程久しぶりだっ…
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思い出エッセイ〔394〕映画雑記帳161「【わが母の記】感想など」

 【わが母の記】(役所広司、樹木希林、宮崎あおい、南果歩、ミムラ、三浦貴大、監督:原田真人)。この作品のポイントを取り上げた形の、テレビのコマーシャルを何度か目にして、いずれにしても母ものの範疇なのかと思って見たのですが、ちょっと違う感想を持ちました。 少し前、映画館の外で待つ時間が長かったので、開館ギリギリに行ったら、もう開いて…
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思い出エッセイ〔393〕「昔の昭和:ちょっと思い出したこと4」

 昔の、子供の怪我のことと、全然関係ないことですが、「白米の魔力」という小タイトルで書いてみました。 1.子供の怪我 少し前のことですが、テレビで、指に刺さったトゲは血管の中に入って進んで行く、ということが当たっているかいないか、ちょっとしたクイズ形式で聞いていました。 一瞬そうだと思ったのは、子供時代、針が刺さると、体の中を…
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思い出エッセイ〔378〕食の雑記帳23「おせちと嗜好の変化、他」

 食をテーマに二つ書きます。一つは(大方の方には)ちょっとショッキングなタイトルで、美味しい話とどちらを先に書くか、若干迷ったのですが、やはり美味しいものは後に食べた方がいいという結論に達しました。でも少し時間を置いたら、お正月早々こんな話題が最初ではと思い直し、順番を替えました。 1.嗜好は変わる 食べ物の嗜好は年齢と共に変わ…
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思い出エッセイ〔357〕「昔の昭和:ちょっと思い出したこと3」

 昔、病気をした時の、言わば病人食、重湯、お粥などについては書いてきましたが、葛湯のことを忘れていました。それと冷蔵庫がない頃、食べ物がいたんでいないか特に注意を払いました。この二つについて書いてみたいと思います。 1.葛湯のこと 子供の頃、ちょっと風邪を引いた、熱が出たと言うと、すぐに食事がお粥に代わりました。お腹をこわしたり…
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思い出エッセイ〔349〕「昔の昭和:夏の過ごし方など」

 節電の夏。しかし六月の中から暑い日続きで、エアコンなしでは熱中症対策は少々厳しいという感じです。 子供の頃どういう風に夏を過ごしていたか、暑さを乗りきっていたか、昔の生活全般も含めて、もう一度思い出すままに書いてみたいと思います(「子供の夏」〔294〕というタイトルで一度取り上げ、重なる点が少し出るかも知れませんが)。 私…
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思い出エッセイ〔347〕「昔の昭和:災害のことなど」

 災害に思い出という言葉は似つかわしくありませんが、生々しい記録ではなく遠い昔の記憶を生活の中から少し掘り起こしてみたいと思います。 私の母は子供の時、関東大震災に遭い被災しています。 母は十人兄弟で、両親つまり私の祖父母が、孫の世代までまとめて面倒をみる人達だったので、私もいつも親戚が身近にいる子供時代を過ごしました。 私の…
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映画雑記帳130「映画:気儘に、思い出すままに8」思い出エッセイ〔337〕

 今年の3月23日エリザベス・テイラーが亡くなりました。世紀の大女優と呼んでもいい存在でしたが、東日本大震災から10日余しか経っていないためか地味な報道でした。 一方、netでちょっと見かけ、その時検索もしたのですが、見当たらなかった、ファーリー・グレンジャー。今回もう一度調べてみたら、テイラー死去の数日後に亡くなっていたと分かり…
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思い出エッセイ〔330〕「昔の昭和:ちょっと思い出したこと2」

 主に家の中にいた虫の変遷?について思い出すままに書いてみたいと思います。カワイイ虫は殆ど登場しないことをお断りしておきます。ムシと聞いただけで、ゾクッと背筋が寒くなる方はパスなさってください。 猫がいるとゴキブリが出て来ないと言われます。 ネコ同居歴約25年です。確かに22,3年位は殆ど姿を見せませんでした。たまに現れると大騒…
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思い出エッセイ〔328〕「記憶の中の杉並区3」

 子供時代のことを結構書いているのに、一番長く在校した杉並第六小学校(当時国民学校)、通称杉六のことをあまり書いていません。 何故と理由ははっきり言えないのですが、杉六はある意味で大きな境目となったことも一つ考えられます。 1941年12月8日、太平洋戦争開戦。次第に日本の敗色が濃くなって、学童疎開が始まったのが敗戦の前年194…
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思い出エッセイ〔316〕「昔の昭和:東京の寒い冬」

 家の中でちょっと寒いと感じるとすぐエアコンの温度を上げる。外へ出てもバスも電車も出先の建物も暖かい。寒い所で働いている方には申しわけないと思いますが、その日の気温を長時間体感することが殆どない。子供の頃冬の寒さは厳しかった。地球温暖化のことも頭に置いて、子供の頃の冬、その寒さに焦点を置いて、思い出したことを書いてみたいと思います。 …
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本の雑記帳26「『近衛家 七つの謎』:思い出したことなど1」思い出エッセイ〔311〕

『近衛家 七つの謎-誰も語らなかった昭和史-』(工藤美代子著、PHP研究所刊)。「上海、東京、モスクワ・・・大都会の中枢に仕掛けられた国際的な謀略のわな―昭和史を運命づけた重要事件に新資料を駆使して挑む著者渾身のノンフィクション」「近衛文麿、文隆父子を死に追いやった「昭和史の謎」とは」本の帯の紹介文です。 ソ連のスパイ、リヒャルト…
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映画雑記帳118「映画:気儘に、思いつくままに7」思い出エッセイ〔310〕

 昔見た映画を語るのに、‘気儘に、思いつくままに’という便利なタイトルを思いついたのに、ある程度の系統性を持たせなければという気持ちがどこかにあって、書き始めたところでストップしたまま、なかなか前に進みません。とにかく気楽な気分で、思い出すままに続きを書いてみたいと思います。 中学二年の二学期の終わり近く、東京から関西に越して、本…
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思い出エッセイ〔307〕「昔の昭和:ちょっと思い出したこと1」

 子供の頃のことと言うのは、系統的に思い出すというより、偶然何かを思い出し、他のことを連鎖的に思い出すこともあれば、忘却の深い淵に沈んでいたことがある時突然表面に浮かび上がって来たり、と脈絡なく記憶としての形をとることが多いようです。一つの文にまとめられる程、記憶が形を作ることを待っているより小さいことでも思い出したことを書き留めておく…
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思い出エッセイ〔294〕「昔の昭和:子供の夏」

 今朝、初めてエアコンをつけませんでした。何十日も続いた酷暑、必要な時以外外出を控えて、年も年だし、夏の思い出と言えることもありません。子どもの頃の夏を思い出してみました。 昭和と言っても、ずっと昔、昭和10年代の後半、16年(1941年)から19年頃のことです。東京の荻窪から馬橋(現高円寺南)に越して、19年に北陸に縁故疎開する…
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時事雑記帳44「この頃ちょっと気になること(8)」思い出エッセイ〔287〕

 NHKスペシャルの再放送で、原爆投下直後日本軍部が軍医団を中心として、綿密な調査を始めた事実を知りました。それと最近の高齢者行方不明事件、まだ何も分かっていないわけですが、親が私の両親の世代、子供が私の世代に近いことが気になりました。 1.「広島原爆投下直後の調査について-NHKスペシャルによる」 原爆投下の日、終戦の日と続く…
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食の雑記帳23「食べもの事情(9)戦中・戦後の甘いもの・おやつ2」思い出エッセイ〔286〕

 戦中・戦後の甘いもの・おやつ事情と題して前編を書きましたが、いよいよ本当に甘いものは何もなくなる時期に入ることになって、おやつの前に食糧難ありき、ではないかとちょっと思いましたが、子供時代の思い出とは切り離せない、おやつ、甘いものが手に入らない具体的な事情、情景、時代背景を書き残すことも多少の意義があるのではないかと思い、後編に当たる…
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食の雑記帳22「食べもの事情(8)戦中・戦後の甘いもの・おやつ」思い出エッセイ〔285〕

 太平洋戦争後半、それと戦後長く、子供達のおやつ、甘いものやお菓子類は、殆ど手に入らないか、代用食の日々が続きました。今回は子供達が一番欲しがる、甘いもの、おやつがどんな状況だったかを中心に思い出してみたいと思います。それが子供の心身の成長にどのような影響を与えたか、食育と言ったらいいでしょうか、根拠のある説明を得たいところです。 …
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雑記「戦後の住居:我が家史(2)」思い出エッセイ〔276〕

 終戦後から現在に至るまで、私がどんな家に住んだかということを記述して、戦後日本の住居の一サンプルを提示してみたいなどと思っていましたが、初回で当時の思い出に感傷的に浸ってしまい、住居の移り変わりの骨格を描くことに失敗してしまいました。そういう形も書きたい風景の一つなのですが、今回はどんな家に住んだか、当時の収入、経済状況等にも簡単に触…
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雑記「戦後の住居:我が家史1」思い出エッセイ〔271〕

 人生も終盤に入ると、比較的大きいテーマで来し方を眺めて、概要をまとめることをしてみたいと思うようになるようです。「食」は何とか書けても、「住」はさすがに大きい、しかも漠然としたテーマなので、‘住居’として、‘我が家史’としてみました。 今迄“戦中・戦後の~”という表現を多く使って来ましたが、二三日前、アクセス・レポートで検索元の…
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食の雑記帳21「食べもの事情(7)戦中・戦後の食」思い出エッセイ〔270〕

 前回(〔269〕)、的場浩司さんのスイーツ好きの話から始めたのに、脱線、あらぬ方向へ行ってしまって、「スイーツ」で検索・アクセスして下さった方は何これと思われたことでしょう。最初に的場さんの著書の簡単な紹介を付したいと思います。 『的場スイーツ-本気の113品』(的場浩司著、ワニブックス刊)。超定番のシュークリームから始めて、名…
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