本の雑記帳24「『マリアビートル』感想」思い出エッセイ〔302〕

 『マリアビートル』(伊坂幸太郎作、角川書店刊)。著者3年ぶりの書き下ろし長編ということです。

例によって?本の帯から最も簡潔な梗概を紹介します。

“元殺し屋の「木村」は、幼い息子に重傷を負わせた相手に復讐するため、東京発盛岡行きの東北新幹線<はやて>に乗り込む。狡猾な中学生「王子」。腕利きの二人組「蜜柑」&「檸檬」、ツキのない殺し屋「七尾」。彼らもそれぞれの思惑のもとに新幹線に乗り込み―

物騒な男達を乗せた東京発の新幹線は、北を目指して疾走する!
(裏表紙の帯です)

最初の頁にかなりの情報があります。立ち読みの場合1ページ目位はザッと目を通すでしょうから、これもちょっとご紹介したいと思います。

(元殺し屋)木村雄一は、東京駅から東北新幹線<はやて>に乗ろうとしている。内ポケットには自動拳銃が入っている。
彼の息子渉は、6歳の時デパートの屋上から突き落とされて、以来、意識を失ったまま病院のベッドに寝ている。
犯人への復讐の思いが、木村の胸の中でマグマのように沸々と煮え立っている。
(長くアル中だったが)酒は止めた。


木村は、息子を突き落とした、「王子」と言う姓の犯人、14歳の少年が座っている座席に近づく。
優等生然として、あどけなささえ残る、この少年が本当に悪意に満ちているのだろうか。
その時衝撃を感じた。
気づいた時には、木村は手足を拘束されて、窓際に座らされていた。少年のスタンガンにやられたのだ。
「おじさん、本当に馬鹿だね。こんなに予定通りに行動してくれるなんて、~」
少年は言う。

<はやて>には、「果物」に分類されるニックネームを持つ殺し屋、「蜜柑」と「檸檬」も乗っている。二人とも痩せて、百八十センチ近い身長があり、兄弟と勘違いされることもある。
檸檬は「機関車トーマス」フェチである。

ボス、峰岸の息子で、監禁されていた‘ぼんぼん’を助け出してこの新幹線に乗せたのだ。
峰岸は、ぼんぼんの身柄を確保しても、(トランクに入れた)身代金は持ち帰れ、犯人は全員殺せ、と指示していた。邪魔な奴は殺せばいいという考えの持ち主である。
5分遅刻した女の腕を切り落としたこともある。

身代金が入ったトランクを、トイレや洗面所の近くの荷物置き場に置いたのだが、それが見当たらないと檸檬が言う。二人で見に行く。女性販売員が道を譲るが、先に行かせる。
トランクは見当たらなかった。とりあえず席に戻って考え直すことにする。
蜜柑が更に一大事が起きたと言う。ぼんぼんが死んでいた。

七尾は、真莉亜を通して仕事を請け、彼女の指示で動いている。今回の仕事は東京駅から<はやて>に乗り込んで、トランクを見つけて、上野で降りるという簡単なものだった。
トランクを見つけて上野で降りようとした時、狼と呼ばれる顔見知りに無理やり車内に戻された。

「槿」(あさがお)と呼ばれる押し屋も脇役的に(とは言えないかも。ある意味一番重要な役割を担っていると言えるかも知れません)登場します。他にも何人か、重要人物がいます。一人は前作の『グラスホッパー』に登場するのではと思われましたが、今度確かめてみたいと思います。
(余計なお節介かも知れませんが、槿とは朝顔の古名で、朝咲いて夕方には凋む、儚い命を指すそうです)

こうした見知らぬ者同士が、東北新幹線という一種密室に近い状況で、それぞれ困難な‘仕事’を抱えて、決められた時間に実行しようとすると、とんでもない災難が降りかかる・・・
お互いがどのように関わり合い、予想もしない不幸を引き当てるか、最後に笑う者がいるのか、いないのか・・・

殺し屋でも、殆どが憎めない面を持っているのに、一人憎んでも憎みきれないのは「王子」です。
子供だと侮るなかれ。どんな運命になっても知ったこっちゃないと思う程、憎たらしい存在です。

救いがないなあと思い出す頃(それぞれがドジな面があるからあまり深刻に思わないでいる中に)、ストーリーは鮮やかに、意外な、そして魅力ある展開を見せ、一気に結末を迎えます。
‘子どもが親の世話をする’・・・穏やかな笑いを誘われるのが普通かも知れないけど、私は涙が滲みました。この地味なひと言に全てが籠められているような思いも持ちました。勝手な私見ですけど。

どこかにアラがないか探したけど、いくら何でも他のお客もいるのに、物騒な話が聞こえてしまうじゃないと、ツマラナイことを考えても、ちゃんと押さえがありました。
漢字には丁寧にルビを振ってあるけど、‘細かい’が最初のになくて、二番目のについてると思ったけど、‘細けぇ’だからつけたのかも知れないし。

書き出しの一行、“東京駅は混んでいた”に、若干の違和感を持ったことを、他でちょっと書きましたが、人々がペンギンが歩いているように見える、とあるのは、東京嫌いということかも知れないと思ったり。

『重力ピエロ』では、タイトルの意味に悩まされましたが、『マリアビートル』は比較的はっきり意味が書いてあると思います。
レディビートルの七つの黒点を背負ったのは誰かを考えればいいわけですよね。

気に入った一節があったので、書き出してみます。
「~フィクションと無縁で生きてきた人間によくあるタイプだ。内面が空洞で、単色だから、すぐに切り替わる。咽喉元を過ぎれば、すべて忘れ、他人の感情を慮ることがもとからできない。こういった人間こそ小説を読むべきなのだが、おそらくは、すでに読む機会を逸している。~」(p.8)

作者は、「あとがき」で、“「存在しない新幹線」が走行する、現実とは異なる世界でのお話”と書いていますが、同時に、新幹線内の仕組みについて教えを乞い、資料の提供を受けた、という意味のことも書かれていますので、この本を手にして、は大袈裟にしても、密かにメモを見ながら、東北新幹線の中を歩いて、ああ、これがトランクを隠したダスト・ボックスか、などと悦に入る人も出て来るかも知れませんね。

登場人物の中で誰が一番好きかって。私は勿論木村茂と木村晃子です。  《清水町ハナ》

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  • ある新幹線にて

    Excerpt: 小説「マリアビートル」を読みました。 著書は 伊坂 幸太郎 殺し屋たちのエンタテインメント 第2弾 まさに 伊坂幸太郎にしか書けないであろう ストーリーですね 今回もキャラが立っている人物たち.. Weblog: 笑う学生の生活 racked: 2011-03-14 22:03