映画雑記帳79「【ゼロの焦点】感想」思い出エッセイ〔224〕

 【ゼロの焦点】(広末涼子、中谷美紀、木村多江、西島秀俊、鹿賀丈史、監督:犬童一心)。
今年は松本清張生誕100年にあたるそうで、同タイトルの代表的な作品の映画化です。

『ゼロの焦点』が雑誌連載を経て、刊行されたのが1961年。映画の舞台はそれより前の1957年、昭和32年の東京と北陸・金沢、約50年前です。
若い方には、時代劇より時代感覚、背景が分かりにくいかも知れません。

最初に昭和32年の出来事がフラッシュで出るのですが、全部忘れてしまいました。
そこで、「中西年表」より、私の勝手な基準により、1957年、昭和32年の出来事をいくつか選び出してみました。

・1月13日、国際劇場出演中の美空ひばりが塩酸をかけられる。
・1月15日、黒澤明監督の【蜘蛛巣城】公開。
・1月29日、南極に昭和基地設営。
・5月8日、コカコーラ、日本で販売。
・5月15日、イギリスがクリスマス島で初の水爆実験。
・10月1日、5千円札登場。
・10月4日、ソ連、世界初の人工衛星、スプートニク1号打ち上げ。
・12月7日、立教大学の長嶋茂雄が巨人と契約。
・12月28日、石原裕次郎の【嵐を呼ぶ男】封切。

因みに、映画【Always:続・三丁目の夕日】も昭和33年頃の設定です。

これに加えて、戦争直後の世相もキーポイントの一つであり、時代背景が複雑ですが、映画はそうした背景を超えて、誰もが理解できる内容に仕上がっています。

以前にも書いたことですが、推理小説は、読んでも内容を忘れるという説があり、私もこの小説について覚えていることは、動機のみです。

松本清張は、推理作家の中でも社会派と言われ、謎解きよりも、殺人の動機、その社会背景に主点を置いた作家ですが、それにしても、映画を見終わっても、動機以外、原作を読んだ記憶と結びつくことを、殆ど思い出せない。

こんなラストではなかったはず、ラスト近く広末涼子の主人公が印象的な言葉を叫ぶシーンがあるのですが、これは原作にあったか、おそらく、ない。

どのシーンについても、原作にあったかどうか思い出せず、これでは困ると、「Book off」に寄ってみましたが、文庫本、品切れ。
A社に注文を出しましたが、いつでも二三日で配達されるのに、一緒に頼んだ他の本の所為かも知れませんが、いつになく遅い発送予定。

どうしてこんなに困っているかと言うと、動機に全く触れないで、この映画を紹介することができるかと思うからです。
原作を読んでいない方でも、映画の途中で、これが動機と気づかれるはずです。
つまり予想通りの動機でありながら、映画として、引き込まれる、巧みな構成、盛り上がりを作ることに成功している、そう結論づけてみました。

長い前置きになりました。
では映画です。

禎子(広末涼子)は、鵜原憲一(西島秀俊)と見合い結婚をする。
見合いの席でも好感を持ったが、憲一は優しい夫である。

憲一は、広告代理店に勤めているが、新婚一週間目に、嘗ての金沢の勤め先に用事で出張する。
禎子は、東京駅で憲一を見送る。
憲一は、キャラメルを一粒、禎子の掌にのせ、その箱を振って見せる。
それが憲一を見た最後となる。

予定通りに帰ると連絡があった。
憲一の荷物の本の間から、二枚の写真が落ちる。白い邸宅と粗末なバラック様の建物の写真である。

憲一の兄(杉本哲太)は、寄り道でもしているんだと軽く考えているが、禎子は一人で金沢に向けて発つ。

金沢駅には、憲一の出張先、室田耐火煉瓦会社から、上司に当たる青木(本田博太郎)と後輩の本多(野間口徹)が駅まで出迎えに来ていたが、青木は不機嫌で、憲一が以前住んでいた所を引き払い、今はどこに住んでいるか分からない、調べても無駄というようなことを言う。
一方、本多は禎子に親切に対応する。

本多の案内で禎子は、室田耐火煉瓦会社に向かい、社長の室田儀作(鹿賀丈史)と会う。
儀作は粗野で乱暴な感じの男である。

禎子は、英語に堪能だが、会社の受付の女性(木村多江)の、不完全でスレタ英語を、聞きとがめ、彼女が特殊な仕事でもしていたのかと本多に尋ねる。

社長夫人の室田佐知子(中谷美紀)とも会えることになる。
佐知子は、金沢で初めての、女性市長候補(黒田福美)を積極的に応援しているような、進歩的な、美しい女性である。

室田邸を訪れると、その邸が、憲一の荷物から発見された、白い邸宅であることに、禎子は驚く。

折しも、禎子の母(市毛良枝)が、憲一が、戦地から復員して来た直後、立川で警察官をしていたということを電話して来る。

憲一の兄の宗太郎が、出張の帰りと、禎子を訪ねて来るが、その後、何者かに青酸カリをのまされて殺されてしまう。

禎子は、本多に受付の女性のことを調べて欲しいと頼む。
彼女は、田沼久子といって、最近夫を亡くしたと、本多は知らせて来る。

久子と一緒に暮らしていた夫は、自殺を図り、遺体もあがっていたことが分かる。
本多はその久子の家で、何者かに殺される。
その家に駆けつけた禎子は、その家が、憲一の荷物の本に入っていたもう一枚の写真の家と同じであることを知る。

東京駅で憲一が持っていたキャラメルの空き箱が、風に吹かれて、転がり出る。
見合いで結婚しても、優しい夫と思っていたが、彼の過去を何も知らないことに気づかされる禎子だったが、東京へ帰って、立川に行き、残されていた過去を一挙に知ることになる。

物語は更なる悲劇へと続く。


この小説を昔読んだ時、今までにない新鮮さを感じ、魅了されたことを覚えています。
松本清張の小説を出版される度に読むことになりますが、この『ゼロの焦点』と同じく、犯罪を生んだ動機は記憶しているものが多いのですが、細部については殆ど忘れています。

そして、それは、犯罪の動機が、果たして、例えば連続殺人を犯すほどのことなのかという疑問を生む。例えばこの作品についてです。
それと、例えばこの作品で、今まで明かされなかった動機が急に他者に明らかになる怖れが明快に示されているかと疑問を持ちました。

更に一部にばれたとして、それが更に拡がる可能性がはっきり提示されているかと、見過ごしを気にしながらも、書かずにはいられません。

例えば、脅迫者がいたとして、それが事実である証拠がどこにあるか、つまり、風評、言いがかりであると斥けることが可能ではないか。

特にこの映画の出演者の役どころ、性格を考えても、脅迫者に転じる者がいるか。そんなことをしても、自分の利にはならない。

唯一気になったのは、禎子が、受付嬢の短い英語を、離れたところから聞いて、連れに、全くの推測に過ぎないのに、彼女の職業まで口に出して言う場面。
英語を専攻したところで、そんなことまで断言できるか。たまたま間違って使ったのかも知れないし。

更に、それは、殺人事件が起こってしまった後とは言え、原作にあるか分からないが、ある言葉を多くの者の前で発すること。
これは、上の状況とは全く異なった状況下でのことになりますが、この告発の仕方、フェアとは思えませんでした。

ラストに近いドタバタ、原作にあったかどうか分かりませんが、何故こんなことをするのか、かばっているつもりなのか、ちょっと分かりませんでした。

広末、中谷、木村と、容貌も雰囲気も、演技というか、芸風というか、全く違った三女優の共演は正解だったと思います。
中谷美紀の演技は特に鬼気迫るものがあります。
広末は、表情に乏しいが、突然予想もしない渦に巻き込まれた役どころで、こんな感じでいいのかもと思ったりもしました。

金沢の風景は、韓国ロケと聞きました。
ちょっと違和感を感じるところもありました。
日本の敗戦間際、福井と富山は、米軍の空襲を受け、焼け野原となりましたが、金沢は空襲を受けていません。

50年前の街並みと言うと、無理があるかも知れませんが、オール韓国ロケだったのでしょうか。ちょっと寂しい気もします。

金沢方言、こんなのだったかな、少々違うような気もするように感じましたが、語尾を延ばす話し方、福井とはかなり違ったかしら、などと、昭和30年代の北陸と言うと、個人的な思い出もあり、懐かしさも感じながら、みました。
一見に値する、ある意味華やかなところもある映画となっているように思いました。  《清水町ハナ》


【訂正】上記、夫の荷物は、送られて来たものではなく、持っていた荷物であるようなので、訂正いたしました。
(-09/11/29-)

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