映画雑記帳77「【湖のほとりで】感想」思い出エッセイ〔221〕

 【湖のほとりで】(トニ・セルヴィッロ、監督:アンドレア・モライヨーリ、イタリア映画)。イタリア・アカデミー賞、10部門受賞(史上最多)。

開場まで15分位あり、チケット売場の横のベンチで待っていると、平日なのに、次々とお客が階段を上って来るので、ちょっと驚きました。

この映画館は3スクリーンというか、3つの映画館に分かれていて、いつものご常連、高齢者は殆ど姿がなく、若めの人と中年の人で、「アンヴィル」3に「きみがぼくを見つけた日」1、位の感じで、私はどちらも観る予定はなく、情報も殆ど持っていなかったので、中年のご夫婦が、‘アンヴィル2枚’とさりげなく言われるのに、何故か感心しました。

因みに、【湖のほとりで】は私が4番、最終的に10数人でした。2回目で、初回は少し多かったようです。

ある時期まで圧倒的に洋画を観ることが多く、邦画をみることは少なかったのに、最近比率が逆転するほどで、それもニギヤカナ感じのものばかり。
今みたいと思っている作品二三も日本映画です。
昔のフランス映画みたいなのがみてみたいと思って、何かそんな感じをこの作品に期待して、観ることにしたのです。

入場前、「この映画はDVD上映です」と掲示があったのには、かなり驚きました。
あれ、この作品は古いものだったのだろうか、と思ったのですが、入ってみると、何と、椅子が全部ピカピカの新品になっているので、また驚きました。
補助席を入れて約50席の小さいところです。

少し前に、向かいのスクリーンで、【扉をたたく人】をみた時、私がカサッと音をたてて、前の席のご婦人から、5回もキッと後ろを振り返られて、一体何故、と寧ろ、不思議に感じたのですが、後で、その作品は、恵比寿とここの2館しか上映していず、普段、ウチの近場の繁華街に来ることなどない、そして、今どきめずらしい、ちょっと懐かしい、戦後のようなザワザワした雰囲気のあるこの映画館に入ることなどない方では、とシツコク、考えてみました。
そう言えば、中流以上の感じの方でしたね。

全くこれまでの生涯で、騒音を咎められた記憶はないのに・・・
オセンベ、バリバリ食べたわけでなし。
あっちもきれいになったのかしら。
前置きが長くなってしまいました。本編です。
ただでさえ小さいスクリーンが更に切れていて、予告編もなく始まったので、文字通りウチでビデオを見ている感じになりました。


北イタリアの小さな村。
登校する少女が、家から出て来る。
寄り道をしないで、だったか、注意されて、はーい、分かりました、という感じで。

間もなく赤い軽トラックが近づいて、少女の傍にとまる。
‘NISSAN’と大きく書いてある。
運転手とちょっと話して、少女は乗り込んでしまう。学校まで送ってあげるとでも言われたのかしら。

しかし、それから暫くして、その少女の姿が見えないと、家族も村人達も騒ぎ出していて、村の中にはいない、村の外を探すという。
赤いトラックは目立つのに、また運転者も村人皆が知っているだろうに、などと余計なことを考えました。

少女は、知り合いらしい家で、知的障害者と思える若者と話している。
彼は、大きな灰色のウサギを抱いていて、どうせ、親父はこの子を殺してしまうんだ、もうお墓も用意してある、などと話す。

少女がトイレに入ると、隙間から覗いたりする。
観客も一種の先入観を持たされるわけです。

警察も動き出し、サンツィオ刑事(トニ・セルヴィッロ)の指揮の下、捜索が始まる。
少女は帰って来て、マリオと村のはずれの湖に行っていたと話す。
湖に住む蛇を見ると、永久に眠ってしまう、今日はその蛇を見たなどと言う少女の話に、サンツィオ刑事達は湖に行き、そこで、若い女の死体を見つける。

遺体は村に住む、17歳の美しい少女、アンナで、眠っている時のように全身を伸ばすという不自然な姿勢で、服がかけてあった。

まずマリオに事情を聞く。アンナが好きかと聞くと、大好きだと言い、刑事は一瞬緊張するが、優秀なホッケー選手だったからと続ける。
マリオは、自分の父親はアンナを嫌いだと言う。

アンナと親しく付き合っていた若いロベルトは、打ちひしがれていた。アンナとは関係があったと認める。

アンナの父親も、実は妻の連れ子であるアンナを心底愛しているように見える。
しかし、検死の結果、アンナは、脳に致命的な腫瘍を患っていることが判明していたが、父親はその事実を知らない。

またアンナの妹は、父親がアンナを偏愛していると思っている。

聞き込みなどの結果、アンナは、ベビーシッターをしていたアンジェロが、両親の不注意によるとも見られる事故で亡くなってから、様子が変わったことが分かる。

サンツィオ刑事の妻は、若年性痴呆症で、施設に入っていたが、そのことを娘のフランチェスカに隠していて、事情を知らないフランチェスカは父親に反抗的である。

妻を見舞うと、生き生きとした様子で、楽しげに話すが、夫を弟と思い込んでいる。

ロベルトが最有力犯人と見られ、逮捕されるが、彼は、捜査に一切協力せず、反抗的な態度をとり続ける。
また彼の供述には、重要な一点で、事実と異なっていた。

思いがけない人間が、予想していなかった動機で、逮捕される。

サンツィオ刑事は、フランチェスカを連れて、妻の見舞いに行く。


犯人探しは、意外ではあるが、観客は詳しい情報を知らされていないので、インパクトに欠けるきらいはあります。

ただ、小さな村で、村人全員が知り合いで、昨日誰が何をした、何を話した、全て知っているような所で、一人一人の知られていない面を炙り出す、更にアンナ自身にも、誰にも知られていない面もある、そういうあたりを丁寧に細やかに描いていると思いました。

フランス映画かどうかはともかく、最近観た映画にはない、旧い昔を思い出させるような、情緒と懐かしさを感じて、私はそれなりに満足しました。
字幕が地の色と混じって、読みにくかったのが難点ですし、出来ればオリジナルのフィルムで見たかったと思います。

刑事役のトニ・セルヴィッロは、圧倒的な存在感と演技でした。
田舎の寒村の刑事に見えない観もありましたが、どこからか赴任して来たという設定だったと思います。
そうでなければ、誤認逮捕などしなかったのでは。

ミステリーでもあるのでしょうけど、もう一つ、この映画のテーマになっているのは、知的障害だと思います。
マリオのように、生まれつきのもの、事故などで起きる障害。認知症のように、昨日まで家族として暮らしていた者が、その家族さえ見分けられなくなってしまうケース。

そうした障害にどう対処するか、それも、各人の人間性で、時として犯罪に繋がると言いたかったのではと思えます。
村の外れの湖のほとりに横たわる、美しい少女の死体、という発端にしては、村の日常を越えない結末だったとも言えます。

全く関係のないことですが、一つ書き添えます。
オーストラリア民謡として有名な「ウォルツィング・マチルダ」。
メロディだけを知っていましたが、もう二十年近くも前になりますが、オーストラリアの学生が、歌詞の意味を知っているかと聞いたことがあり、歌詞は全然知らないと答えると、こんな風に話してくれました。

羊飼いの少年が、一頭の羊をマチルダと名付け、非常に可愛がっていた。その羊が殺されることになり、悲観した少年は、羊と一緒に命を絶った。
今も少年は、天国でマチルダと一緒にワルツを踊っている・・・

ほんとにこれが歌詞だったかしらという気にもなって来ましたが、この映画の冒頭近く、知的障害者のマリオが、どうせ殺される、可愛がっているウサギのためにもうお墓を作ってあるというシーンを見て、この話を思い出し、一人で哀しい気持ちになっていました。
こういう映画もいいと思いますけど、作られているのか、いないのか、メジャーではあまり来ないという感じですが。  《清水町ハナ》

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 湖のほとりで

    Excerpt:  サスペンスというには静かすぎる映画です。サスペンス仕立てのヒューマン・ドラマと Weblog: EURISKO2005 racked: 2010-02-02 00:13