映画雑記帳63「「愛を読む人」感想など」思い出エッセイ〔191〕

「愛を読む人」。ケイト・ウィンスレットがアカデミー賞・主演女優賞を獲得した映画。秀作です。

「愛を読む人」(ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス、監督:スティーヴン・ダルドリー、アメリカ/ドイツ合作映画)。原題は“The Reader ”。

原作も読んでいないし、ウィンスレットはあまり好きな女優ではないし、15歳の少年と20歳年上の女性の情事・・・即淫行、それをケイトが演じるなんて暑苦しすぎるという感じでしたが、少年が女性と再会したのは法廷で、彼女は無期懲役となるという紹介に関心を持ちました。何の罪で?一つしか考えられないことです。

1958年のドイツ。15歳の少年、マイケル・バーグ(デヴィッド・クロス)は、通学途中、急に気分が悪くなる。ビルと言っても一階を解体している廃屋で、そこに座り込んでいるところを女性に世話をしてもらう(かなり手荒に)。

家に帰って、医師の診断を受けると、猩紅熱と分かり、三ヶ月療養する。
マイケルの家は、一見して、中流以上の家庭です。

1958年。ドイツでも日本でも、戦後13年。
日本は昭和33年で、高度成長期。この前後から次第に暮らし向きもよくなって来るのですが、それまでと比べてという意味で、まだまだ敗戦色が残っています。

特にこの映画では、街はまだ戦争の跡が残っていて、建物も市電もオンボロ。
日本は木造住宅なので、全焼した所に新しく建築物を建てて行ったわけですが、ドイツのように、鉄筋コンクリートのビル群が空襲を受けると、復興は簡単にはいかないと思います。
上記に解体中のビルと書きましたが、おそらく空襲を受けて、半壊したという設定でしょう。

病が癒えて、マイケルは、花束など持って、世話になったお礼にハンナ・シュミッツ(ケイト・ウィンスレット)を訪ねる。
彼女はボロビルの上階に住んでいる。
セリフはドイツ語と思ったら、英語だったので、驚きました。

ハンナは、マイケルを「坊や」(Hey, Kid!)と呼ぶ。このKidという呼びかけは、その後も彼女がマイケルに特別な感情を持つ時に使われる。

すぐに二人は愛し合うようになり、マイケルは家族の目を盗んでハンナと逢い続ける。
やがて、ハンナはマイケルが持っている本に興味を示し、朗読をせがむ。
例えば、ホメーロスの『オデュッセイア』、チェーホフの短編等々。

『チャタレー夫人の恋人』を読み出すと、ハンナがそれは猥褻だと止めるあたり、ちょっと笑えました。
二人でバス・タブに入っている時、それと日本での裁判を思い出して。

ちょっとしたいさかいが原因だったのかどうか、ある日、ハンナは何も告げずに出て行ってしまう。
市電の車掌をしている彼女が、仕事ぶりを認められて、事務に昇格と告げられた直後でもあった。

マイケルは、ハイデルベルク大学の法科生となり、ゼミの教授の授業で、裁判の傍聴に行く。
戦中のナチスの罪を裁く法廷に、ハンナが被告として座っていた。
ハンナは、ナチの親衛隊に属していて、ユダヤ人の看守をしていた。
アウシュビッツ行きの囚人を選別する役目をしていたが、更に直接の罪状とされたことは、空襲下、ユダヤ人を収容所に閉じ込めたままにして、全員焼死させたことである。

当時の同僚の、女性看守達も一緒に裁かれていて、皆がハンナ一人に罪を被せる。
マイケルは彼女に有利となる、ある証拠を思い出す。
ゼミの教授にも促され、一旦は証言しようとしたが、思い留まる。
ハンナは、無期懲役刑を宣告される。

時が経ち、マイケル(レイフ・ファインズ)は弁護士となり、離婚も経験し、一人娘にも思うように会えない日々を送っていた。
ハンナのことを忘れたことはなく、ある日思いついて、嘗て彼女のために朗読した作品の数々を録音して、テープを彼女に送り続ける。

刑務所から電話があり、ハンナが20年で刑期を終えて、釈放されることになったが、身内の者は誰もいない、テープを送って来ていたマイケルに連絡したと言う。

マイケルはハンナに会いに行く。
やつれ、老いたハンナ。
ケイト・ウィンスレットと言うと、ふくよかさとは縁のない、男のような背中、いかつくてムキムキという感じで、とって食われそうにも思うのですが、落魄の風情は全くの別人で、さすがうまいものだと感心しました。

彼女に仕事を見つけ、住む場所も用意したというマイケル。
彼女はあることを聞く。マイケルは首を振る。
映画を観ている者には結末は予想できると思います。

彼女に有利になる証拠は、意外に単純で、そんなこと言ってしまえばいいのにと思うことです。何故無期懲役刑になってまで隠すのかという気もしますが、そうすると、彼女が市電の車掌から事務職に昇格するという話が矛盾するではないか、と思って、そうか、それで、彼女は突然出て行ってしまったのかと、私もトロいと思ったりしました。

映画のストーリーは、大体こんなところですが、私は、最後に涙が溢れ、外に出ても、涙が滲んで来て、困りました。
この映画の何に対して、と言うと、はっきりは言えず、ただ、映画のストーリーのためだけに、ナチの旧罪を裁く法廷の場面や、ハンナが無期懲役となる直接の罪状、法科の学生の、当時ユダヤ人の収容所は数千箇所にあったんだ、多くの人がその事実を知っていて、傍観していたではないかという叫びを演出したわけではない、寧ろストーリーに更に大きな問題、疑問を語らせている、そう思えました。

以下は、雑談ということになります。
ドイツ人は、第二次大戦について、自分達は謝った、だから周辺の国とうまくいっている、日本人は謝らないから、他の国の信頼を得られないと、よく言います。

割りに最近、シュミット元首相が、ある新聞に、同様のことを突き放す形で寄稿していて、この人は、親日家ではなかったのかと、少々不快に感じました。
ドイツは敗戦後、只管謝るしか生き残る道はなかった。

また、日本人と異なり、ドイツは戦後も自分達の手で、戦犯を裁いて来たとも主張します。

ハンナの裁判の場面、裁判官、検事、弁護士、傍聴人、誰もが、戦中、何らかの役割を演じていた年齢です。少なくとも両親、兄弟、親戚、の誰かがナチと関わっているし、全員が傍観者だった。

空襲時、ユダヤ人を収容所から逃がさなかったというハンナの直接の罪状、看守にそんな権限はない、というハンナの主張も理があるし、いずれにしても、空襲時、それだけの余裕があるとは思えないというのも私の経験上の実感です。

日本は江戸時代から火災の際、罪人を逃す慣習がありました。
大分前の、テレビのドキュメンタリー番組によると、広島に原爆が投下された時も、アメリカ人捕虜を一時釈放したそうですが、(一人が)人々にリンチを受けて死に到ったと言います。

同じ頃広島郊外の田んぼに不時着して、捕虜となり、東京の憲兵隊に送られ、戦後日本を再訪したアメリカ人パイロットに、上記の事件についてどう思うか聞いたところ、暫く考え、止むを得ないと思うと答えていました。

日本人だと、原爆と関係なく、リンチはよくないという答えが出そうです。
罪人でも、原爆を落とした国の捕虜でも、災害が起きれば、一時釈放するのです。
一看守の権限ではないというハンナの答えは、ユダヤ人はそういう配慮の対象にもならないという扱いが上から下まで浸透していたと言えるように思います。

裁判の場面で明らかになって行くのは、一人の看守や、親衛隊の行為が実はドイツ国民の暗黙の支持があったということのように思われます。

ここで全く本筋と関係のないことですが、一つ書いておきたいと思っていたことを書かせていただきます。

広島原爆投下の日、広島に出向いていながら、当日別の用事で郊外に宿泊したため、直接被爆しなかった、身内の故人が20年近く前に書き残したものの、一節です。
公表可ということで、私に送ってくれたものだとは思いますが、それには故人の家族の意向を聞く必要があり、今それが難しい状況なので、ごく一部の引用に留めます。


―(原爆投下当日の)夕刻過ぎ、「李グウ公殿下(李王朝の当時日本皇族)が朝来行方不明である。第2総軍の畑総司令官は、たまたま東京出張中だったが、司令部は死傷甚だしく自力捜索不可能であるので、~部隊の救援を乞う」とのことである。李グウ公は韓国の王族で明治41年の日韓合併以来、日本の皇族となり、陸士卒業(45期)、陸軍少佐、第2総軍参謀であった。官舎から乗馬出勤の途中で被災されたらしいとの事であった。~は要請を受けて、大発動艇で太田川を遡って推定経路を捜索の結果、馬上で被災され、負傷市民に混じって呻吟されていたご本人を発見、夜半、司令部に収容して手当てをしたが夜明けに息を引き取られた。御付武官の某中佐は偶然にも軽傷であったが、公亡き後自決された由、以下略―


故人は、上記で、~と記して、部隊名を伏せた隊に所属し、指導的な立場にありました。
映画とはかけ離れていることのように感じられるかと思いますが、日本統治下の韓国出身の日本皇族である李グウ(グウは金偏に遇の作り)公殿下の捜索を、司令部は壊滅状態でありながら、他の隊に要請して、必死に行い、死去を知って、御付の武官が責任を感じ自決されたという事実が述べられています。日本人の姿、考え方を象徴的に表しているように、私には思えます。

ホロコーストは千年も忘れられない犯罪である。しかし、それに直接関わった者だけに罪があるのか。末端の者まで探し出して、ドイツ国民の敵として、裁き、それで、少しは自分の感情的負担を軽くしようというのか。

奔放な愛の場面と180度転換して、重い裁判場面。したり顔の追及、裏切り、非難・・・
原作も映画もこの後半の場面を引き立てるために、前半の背徳的な愛を描いたようにも思えました。

マイケルは、人間として、個人的な責任をとった。ハンナは期待できることではないと思いながらも、僅かな希望に賭けた。私にはそんな風に思えました。  《清水町ハナ》


・上記、1パラグラフ、追記を挿入しました-09/06/20-

この記事へのコメント

すばらしい読解力ですね
2009年07月09日 08:23
この映画がよくわかりません。教えてください。
裁判ではみんな冤罪だって知ってるのに、終盤では本を読んだ人は彼女が重ーい罪を犯したと思い込んでしまっている。
生き残った娘も、責任者の顔は覚えていなくて、本を読ませる変な人は覚えているのだから、その変な人が責任者でないことを知っているはずなのに・・・。
「彼女を許すようでお金は受け取れません」といいました。
そんなに怒りが強いのなら、なぜ裁判のときに他の被告人を許したのでしょう?
主人公も面会のときに「たっぷり反省したか?」というような意味の問いかけをしていますが、冤罪のひとには普通は「大変だったね、お疲れ様」ではないでしょうか?
なんだか変な物語です。
2009年07月09日 11:16
コメントありがとうございます。映画の場面やセリフをよく覚えていらっしゃいますね。お若い方だと思いますが、私は記憶力トミに衰え、昨日解いた謎解きに再び正解が出せるかという気分ですが。この映画の後半は第二次大戦中ドイツが犯したホロコーストがテーマになっているので、当時親衛隊員で、ユダヤ人の(死の)収容所行きの選別に関わったハンナは、直接の容疑がシロでも冤罪とは言えない、しかしその大罪を彼女一人に負わせていいのかと作者や映画は問うていると思うのですが・・・(ユダヤ人の)「娘」もハンナ一人を許していないのではないと思います。法的には確かに冤罪で、ご指摘のような疑問が出ることも織り込み済みかなと今気がつきました。
なぎのおと
2010年06月18日 23:08
この日の記事にある第二総軍について研究している、広島在住の者です。ご連絡先のアドレスを教えていただければ幸いです。
2010年06月19日 02:58
なぎのおと様、お申し出の件上記本文に書きましたように手記筆者の家族に了解を得るのは遠慮すべき状況ですので、お役に立てないのではと存じます。私が一部引用したのは、当時朝鮮出身の皇族に対する日本人、軍部の誠意を紹介するためでその程度なら宛名当人なので許されると思いました。また引用文と前後の文でお分かり頂けるかと思いますが、手記筆者は第二総軍所属ではありません。短い手記ながら原爆投下の翌日に広島に入った関係者の手記としていつか全文をブログで紹介できたらと思っております。お役にたてなくて申し訳ありませんが、他に「コメント」欄に適さないご質問等ありましたら、「メッセージ」欄にアドレスと短くて結構ですのでご自身のご紹介を頂ければと存じます。

この記事へのトラックバック