映画雑記帳56「「スラムドッグ$ミリオネア」感想」思い出エッセイ〔181〕

 「スラムドッグ$ミリオネア」(監督:ダニー・ボイル、脚本:サイモン・ビューフォイ)。原題も同じ。何の予定もないゴールデン・ウィークの始まり、何となく観たこの映画、当たりでした。爽快、充たされた気分、面白い・・・

アカデミー賞8部門をとったことは知っていました。ただ、タイトルがピンとこない。
スラムドッグがスラムに住む人、スラムの負け犬などの意味があると知ると、何となく分かる感じがするし、‘クイズ・ミリオネア’と共に映画が進行すると聞くと、貧しい人がクイズで大金を当てるのだろうと見当はつきます。

でもそれって、それ以上に何も想像が膨らまない。まあ、でも、とにかくこれだけアカデミー賞をとったのだから、そんな感じで出かけました。
ところが最近珍しく、観客は9割近い。

舞台はインドの大都市、ムンバイ。映画は、本当に、‘クイズ・ミリオネア’のTV番組シーンから始まります。
そうです、あの「ファイナル・アンサー?」が流行語にもなった、みのもんた氏司会の四択クイズ。
オーディエンスに聞いたり、電話をかけて知人に聞くことも許される、あのクイズが全くそのままの形で展開します。

元々このクイズはイギリスで始まったものだそうです(net)。
若い男性が順調に答えている。
仕事はコール・センター(電話やコンピューターを使った)の、と言いかけて、お茶くみが主な仕事と言う。

やはりかなりクセのある司会者は、その後ことあるごとに、‘お茶くみ’と繰り返して、会場の笑いをとる。インドにはカーストだけでなく、職業についてもまだ偏見があるように見えます。

一転、この青年、ジャマールが警察で厳しい取調べを受けている場面に変わる。
お前のような奴がクイズを次々クリアして行けるはずがない、インチキをしているのだろう、会場に協力者がいて、サインを送っているのではないか等々。

頑強に否定するジャマールを天井から吊るし、電流まで流す。
ジャマールは意識を失い、さすがに取調官は慌てて、椅子に座らせる。

クイズ番組の録画を巻き戻し、スラム育ちのお前にこんな問題が分かるはずがないと責め立てる。

そして、次にシーンは、ムンバイの凄まじいと言いたくなるスラムの子供達の姿を映し出す。
この映画のタイトル自体に、ムンバイのスラムに住む人からクレームが出ているそうです(net)。

スラムにもレベルがあれば、と書くこと自体、問題があるかも知れませんが、例えば、1980年代前半にタイを訪れ、メナム河下りの船に乗った時、多分支流に入った岸辺のスラムの惨憺たる有様は息を呑むものがありました。
川にも色々な物が浮いていて、死にかけている犬まで流れて来ました。

住宅の建材などがなくても、ガラクタの寄せ集めでも、日本だったら、もう少し形を整えるのではと思ったりもしました。その程度しか書けません。
しかし、1990年代の後半、同じ場所を船で通った時、最初に私が思った、もう少しマシにできるのでは、そのレベルもクリアして、鉢植えの花などもあちこちに置いてありました。もはやその地域はスラムではなくなったのではとも思えますが。

ムンバイのスラムでロケをしたわけではないと思いますが(かつてのスラムの跡地に高層ビルが建っているそうですから)、とにかくスラム中のスラムと言った感じの地域が新たな舞台となります。
ゴミの山も何とも知れぬ堆積も意にも止めず、軽やかに走り回る少年達。
その中にジャマールと兄の子供時代の姿があります。

見てのお楽しみというシーンを紹介してしまうことになるかどうか分かりませんが、浜辺に木片を集めて打ちつけた簡易トイレがあり、中へ入ったジャマールが中々出て来ない。
外で待っていた兄はシビレを切らす。戸が開かなくなってしまう。

そこへ人気スターが来て、皆歓声を挙げて、サインをもらおうと集まる。
戦後間もなくの日本の簡易住宅のトイレは、水洗どころか、下を見れば・・・
学校のトイレなどは結構長い間、下を見ると、どころか落ちたら大変なことになる状態でした。

時折事故もあったものです。
私が経験した一番凄いトイレは、瀬戸内海のある島の宿に泊まった時のこと。学生時代です。
宿は三階建てで、三階に泊まったのですが、共同トイレは、何と下までズーっと空間。
普通の家より高さがありますから、万一落ちたら、空中浮遊感を経てから・・・友人と、震え上がりました。

スターの姿を見たい、サインをもらいたいジャマールは、何と息を詰めて下に飛び降りる。
~だらけのジャマールが、そこのけそこのけで、サインをもらえたことは言うまでもありません。

しょうがないねえ、などと言いながらジャマールをたらいに入れて丁寧に洗う母親。
汚いものに触れているという様子はありません。

ここでまた一つ思い出してしまいました。
かなり前のことです。英国人(違うかも知れませんが)のエッセイストだったか、某週刊誌に毎週連載しているエッセイが実に歯に衣着せぬ類いのもので、愛読していましたが、早い時期に亡くなられました。

日本の大スターについてなど、遠慮のない感想を書くのですが、この人がインドに旅行して、食堂に入った時の経験を書いていました。
なかなか料理が出て来ない。店のお婆さんが、孫娘をヒョイと抱いて、店の隅で大の用を足させている。終わったら、左手で子供のお尻をササッと拭いて、そのまま~。

スミマセン、もう止めます。こういうことを書く趣味などないのですが、ジャマールの~塗れの姿があまりに見事で、それを丁寧に洗う母親の姿にも非常に驚かされ、印象的でもあったので、つい昔のことを思い出してしまいました。

ご存知の通り、インドは今や錚々たる新興国、IT大国。衛生環境も改善されているでしょう。

さっさと、学校へ行きなさいと怒られ、二人が学校へ行くと、授業は、アレクサンドル・デュマの『三銃士』をやっている。
インドの小学校で、『三銃士』を勉強するのか、事実なのかどうか知りたいと思いました。

第何問目か覚えていませんが、アレクサンドル・デュマの代表作は次のどれという問題が出ます。
勿論ジャマールは答えられます。

ここで、趣向がお分かりになるでしょう。
ジャマールが答えて行く一問一問が、スラムで育った子供時代から、その後の人生の中に答えがあり、その様々なエピソードが実に巧みに、スピーディーでもあるのですが、クイズ場面と絡まり合いながら、ストーリーは進行し、本当に堪能しました。

二三、紹介して、後は実際にお楽しみください。
兄は、上に書いた、ジャマールが決死の思いで得たサインを売ってしまい、仲のいい兄弟のその後の暗示となります。

ある日、ジャマール達は、「イスラム教徒は死ね」と叫びながら、襲って来た武装集団に母親を殺される。
二人は逃れ、放浪と苦難の日々を送る。

豪雨の中に佇む少女をジャマールは、兄の反対を押して、粗末なテントに招き入れる。
この少女ラティカは、ジャマールにとって、言わば運命の人となる。

コーラなどくれて、親切そうに近寄って来た男達と、集団生活をするようになるが、実は、残虐な人間で、子供達の目を潰したりして、物乞いにし立てるような連中である。

その男達から逃れたジャマールは、兄とも別れ、兄は次第に非情な人間になって行く。

クイズの最後の問題には、20,000,000ルピー(約4千万円?)の賞金がかかっている。
ジャマールはそれに答えられるか、ラティカと会うことができるのか。

最後にストーリーの頂点を持っていくまで、息もつがず、飽きることなど一度もなく、最近珍しく、最初から最後まで映画に引き込まれたままでした。
スラムから這い上がって、幸運を得たという話ではなく、主人公は飽くまで自然体に生きて、純粋に自分の追い求めるものを最後の目的としています。

大人も子供も楽しめると思います。
最後に主役の二人を中心にした見事なダンスの披露というおまけつきです。

因みにアカデミー賞は、作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、録音賞、作曲賞、主題歌賞の8部門を受賞しています。

非常によく出来た、上質のポピュラー映画と言ったらいいでしょうか。
映画館側は、当たらないと思っているのではという気がしましたが、これはヒットすると思います。

突飛なことを言いますが、子どもの時、読んだ『三銃士』。
長く忘れられない、繰り返し読んだ作品ですが、面白さの質が似ているかも知れません。
『三銃士』はこの映画の重要なキーワードでもあります。

この映画を観たからと言って、豚インフルは変わらず警戒しなければいけませんが、「ザ・金融危機」は、少しの間は忘れるというか、もう少し柔軟に考えてみようかという気になるかもしれません。そういうソフトに人の心に滲みこんで来る、元気の素のようなものがこの映画には含まれています。  《清水町ハナ》


★上記、一部削除、訂正しました。-09/05/02-

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