本の雑記帳14「『告白』感想」思い出エッセイ〔149〕

 湊かなえ作『告白』双葉社刊。このありふれた書名も湊かなえという著者も、ほんのここ数日、新聞で初めて知った、というか目にしました。何かピンとくるものがあって、読んでみました。当たりでした。

今年の8月10日が初版で、私が手にしているのは、11月26日、第11刷です。
優れているものは、埋もれることなく、タイミングよく紹介されて、適切な評価を受けるという世の中になってきているんですね。

少なくとも私は、今までにこういうスタイルのミステリーを読んだことがありません。
数人の登場人物がそれぞれ手記の形で語ることが一つの章を成しています。
前の章を受けているだけではなく、全体を見通して、しかも新たな、かなりな意外性が展開されています。

当然章が進むにつれて、意外性は、複雑な要素を絡めながら、更に膨らんでいきます。

第一章「聖職者」は、単独で短編として雑誌に掲載されたものだそうで、確かにこの一編でも意外性があり、完成度の高いものですが、何か無表情で語られるモノローグという感じで、私はオチもあまり好きではありません。

しかし、この短編が2007年度の小説推理新人賞を得たそうで、それを土台にして、新たな長編を書き下ろしたということです。
著者の才能が並々ならないことを示しているように思われます。

第一章に、第二章、第三章・・・と全く無理なく繋がり、第一章の短編をただ膨らませたものではない、無理のない盛り上がりを維持しながら、物語は展開し、最終章の後には、更に前の見えない暗闇が拡がっています。

紹介しにくい小説でもあります。
別な話しになりますが、以前、コロンボ型、古畑任三郎タイプの小説、つまり最初から犯人を明かし、どのようにしてその事件を起こしたかを解いていくタイプのミステリーについて、そのタイプにしなくてもいいのではないか、冒頭に犯人を示唆する必要はないのでは、と書いたところ、‘ミステリーの紹介にはネタバレは書かないというルールをわきまえてください’とだけ書いたコメントが来て、「作品も、(当方の)ブログも殆ど読んでいないと思われる、こういうコメントは控えるべきだとわきまえてください」と書こうかと思ったのですが、止めて、黙って削除させていただきました。

この本には、犯人は誰かということは、あまり関係ない、どうして関係ないかは読んでみれば分かる、そういう意味でも新しさを持った作品です。
第一、表の帯に書いてあります。
「愛美は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」と。

何をもって、犯罪とし、犯人とするか、書きにくいとも言えますが、と言って、驚愕のクライマックスはしっかり用意されています。

差し支えない程度で、この作品の、舞台というか、場、登場人物について少し紹介したいと思います。

シングルマザーの悠子先生は、担任の中学一年Bクラスに語りかける。
実際に起きた類似の事件を念頭に置いていると思われる、「一家五人殺害事件」で、犯人の少女が家族に少量ずつの毒薬を盛り、その変化をブログに書いた事件を引用しながら、生徒の何人かの行動について発明好きのA少年のやっていることなどをさりげなく、冷静に語る。

先生の娘、愛美は、誤ってプールに落ち、亡くなったと思われているが、あれは事故ではない、(上に書いたように)このクラスの生徒に殺されたと明かす。
それに対して、自分はこの事件を公にはせず、ある手段によって、仕返しをした、そして自分は教師を止める、そう言って、クラスを去ります。

犯人と名指された生徒だけでなく、その生徒の周囲の友人、家族などが、それぞれの立場から、自分の状況、事情、思っていることを虚々実々に語る形で、ストーリーは進みます。

クラスの他の生徒は関係ないようで、外部に対して、緘口令を敷くという対応により、否応なく何らかの形で、事件に巻き込まれ、進行に関わるようになる。

発明好きの秀才少年が、盗難避けに、ファスナーに触ると、電気が流れる財布を発明し、ウエブサイトで紹介し、工作展にも応募する。工作展には通電を解除できる機能をつけ、手書きで子供らしい感想を添えたりする。

同じような機能を持ったうさみみポシェットも作るのですが、それを作った計り知れない動機は、後半で明らかになります。

第一章で、悠子先生が、語りかける調子がモノトーンで、教師がクラスに語りかけているというよりは、何かを読んでいるような印象を受ける。
それは、彼女が巻き込まれた事件と、それに対してとった措置を頭に置いたのかなとも思ったのが、更にもう一つのクライマックスがあり、その前の種明かしもあり、そういうことを考慮してのモノトーンかなと思ったり・・・

とにかく読みながら、最初に持つ印象が、次々と崩されて行く観があります。
作者に度々足を掬われるわけです。そういうミステリーを読めれば幸せということも言えるのでしょうが、ただもろ手を挙げて、完敗を認めるには、あまりに強烈な小説です。

中学校一年生と言えば、13歳。ほんの子供に過ぎないと思うと、大違いで、この作品の中では、一生懸命な教師など、頭から馬鹿にされているし、全て読まれている。
いい子の生徒など一人も出て来ません。底意地が悪い。

今の学校はこんなものなのかも知れませんが、この内容については、教師や親からクレームも出そうです。
或いは作者がこの年頃の子どもが嫌いなのかも知れない。

一つ、それこそネタバレに繋がりかねないことですが、どうしても書いておきたいと思うことは、ある病気について、捉え方が正確ではないということです。
単なる仕掛けという扱いもどうかと思います。

文体や話し方の使い分けがあまりはっきりしていない。大人の話し方、生徒の言葉遣い程度の区別で、最初、一人の人間が書いていると装っているのかと思い、それをキーに犯人というかオチというか、推測してみたりしましたが、その手の想像は通用しません。

『告白』という題が適当か、どうか。最終章を続けることも可能という点では、‘ロンド・輪舞’タイプでもあります。
第一誰が告白しているかと考えて、これも仕掛けられたかなと思ってしまうなんて、最近どころか、絶えてないことです。

後味はよくないし、子どもにはお薦めではない。よくまあ、ここまで書けるとも思いました。でもよく出来ています。
次作を期待しています。  《清水町ハナ》

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