時事雑記帳23「Nスペ「最後の戦犯」」思い出エッセイ〔148〕

 NHKスペシャル:「ドラマ・最後の戦犯」。副題“戦争犯罪に問われた男の3年半の逃亡生活、家族の悲劇・手記が語る戦犯の素顔と苦悩”(12月7日、午後9時)。NHK名古屋の制作です。

NHKスペシャルとは、時事問題を主として扱うと思っていました。
一ヶ月以上テレビのない生活をしている間に、方針が変わったのか、元々そういう性格のものだったのか、最近、時事以外のテーマを取り上げることも多いようですが、ドラマもありというのは、テーマ性によるということでしょうか。

映画「私は貝になりたい」が上映中で、話題にもなり、ヒットしているようで、その点で、時事問題としてもいいかしらと思ってみました。
どうしても比較してしまいます。

「最後の戦犯」は、実在した人の手記を元に制作された、言わばノンフィクション・ドラマです。実は、「私は貝になりたい」も、ある戦犯の手記を脚本化したものですが。

出演は、主人公の吉村少尉にARATA、その母親に倍賞美津子。他に中尾彬、鶴見辰吾、村田雄浩、他。

映画と同じく、米軍捕虜の処刑に関わって、戦後BC級戦犯として裁かれる主人公を取り上げたものですが、内容も問題の捉え方もかなり異なっています。

主人公の吉村少尉が所属する部隊は、8人の米軍捕虜を処刑する。
この処刑の場面は残酷です。斬首の刑で、失敗した場合は、心臓を突く様に命じられ、最初の、吉村の同期の士官は一回で成功するが、吉村は、一度で殺せず、留めをさすことになる。

後の方で高商出身と説明されるので、学徒動員かも知れないが、銃剣の扱いと言い、軍人らしい態度と言い、「私は貝」の主人公が全くの俄仕込みの兵隊で、敵を殺すどころか銃剣の扱いも儘ならない新兵だったのに対し、このドラマの主人公は、尉官でもあり、短い期間でも本格的な訓練を受けていると思われます。

捕虜を殺すことへの迷いが躊躇いを生じさせたのでしょう。
いずれにしても、他の映画ならともかく、こうしたテーマで、処刑の場面を執拗に出すのは、オーバーな刷り込みになるようにも思われ、不愉快でした。

その場の責任者は大佐、実際に実行を命令するのは、少佐ですが、敗戦となって、戦犯として追及されることが確実となり、責任者の大佐が逃亡を命じるあたり、見ていて、あまりに簡単な扱いと思えました。
捕虜を処刑したことを秘密にしたいなどということは、通用しないと思います。

吉村の福岡の実家には、しっかり者の母(倍賞美津子)、姉(原紗知絵)、妹(前田亜季)、それとこの家族の側に立つ者として、姉の元夫で、医師の野田(田辺誠一)がいます。

戦犯になったことでも戦中と掌を返した近所の人々は、吉村が逃亡したと聞いて、迫害と言ってもいい態度をとります。
妹は小学校教員を辞めざるを得なくなる。

警察の追及も厳しく、まるで特高のようです。
特に最後の方で、拷問でもしたというのか、姉が警察署で、頭から水をかけられる場面があり、もともと身体が弱く、それが元で亡くなってしまいます。
これが事実だったら、民主化したはずの警察の、戦後の新たな問題として取り上げるべきでしょう。

吉村は岐阜県の多治見に行き、陶器工場に勤める。腕もよく、経理にも明るいので、社長(中尾彬)にも見込まれる。
この陶器工場での日々は、原作を忠実になぞっているのか、古株で、吉村に親切にしてくれるが、後に問題があると分かり、解雇される男(村田雄浩)との関わり方、彼に当時の所謂赤線に連れて行かれて帰って来てしまったり、絶望的になって、何故かその女性の所に行って、自殺を図ったり、等々、戦犯というテーマは遠ざかり、緊張も緩みます。

工場の労働者が突然労働争議を起こしたりということも、当時の世相を取り入れたのか、これもまた、原作に忠実なのか、とにかく、ドラマの緊張感を削ぐ、というか、タイトルを戦犯でなく、逃亡者とした方がいいのではという気分になりました。

遂に警察に逮捕され、巣鴨プリズンに収監される。
裁判の場面は、いささかおざなりです。
嘗ての上官や部下が一堂に会して、勝手なことを証言するというような場面が実際にあったのでしょうか。

責任者の大佐の、「もし自分が裁判なしで、捕虜が処刑されるなどと知ったら、命を張ってでも止めただろう」という意味の発言などは、確かに責任逃れの行為や発言は多くあったでしょうけど、職業軍人の言うセリフとしては、あまりに低レベル。
実話に基づいているのですから、大佐のモデルも存在する筈で、主人公だけでなく、脇についても、事実を固めるべきだと思います。

同じく、処刑を命令された主人公が、志願した、と証言するのも、納得できないというか、甘いというか、その根拠の提示が充分とは言えません。

最後は、呆気なく、重労働5年の判決。朝鮮戦争が始まって、戦犯裁判どころではなくなったからです。

主人公を演じた、ARATAという俳優の陰影のある雰囲気、演技もよかったと思います。倍賞美津子の、肝っ玉母さんぶりも満点です。

一つ、方言が使われていて、大変聞きとりにくかった。関西方言でも九州方言でも、大体誰もが分かるレベルがあり、その程度で抑えられていたかと思うのですが、小声、早口、二箇所以上の方言が入る、こうした場合、私はよく聞き取れませんでした。
せめて、ナレーションは共通語にして欲しかったと思います。

「私は貝」の主人公は高知県の出身ですが、セリフは共通語で話されていました。
例えば、久しぶりに故郷へ帰って、家族と団欒、などという時などは、方言だけでもいいと思いますが、何がテーマかでも、寧ろ共通語の使用を増やした方が意図も伝わりやすいと思います。

同じようなテーマ、状況、場面が扱われているようで、映画の「明日への遺言」「私は貝になりたい」とは、異なるドラマで、私が、テーマの一つに‘BC級戦犯’を入れようかどうしようかと迷っているのは、(結局入れると思いますが)、主人公が逃亡者であるからです。

逃亡生活がメインに描かれている限り、このドラマの主人公が、「最後の戦犯」というのは、この人で終わりという意味の方が強くなると思えます。  《清水町ハナ》

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