本の雑記帳5「海堂尊『ブラック・ペアン1988』感想」思い出エッセイ〔84〕

 海堂尊『ブラック・ペアン1988』講談社刊です。また、あのドクター達のペダンティックな、優越意識に充ちたオシャベリかと思って、ちょっと躊躇がありましたが、案に相違。一気に読めました。そして・・・‘非常に’をつけてもよい、よく出来た作品でした。お薦めです。これまでの作品は、‘メディカル’の臭いが最初にありき、という感じでしたが、この作品は、大学病院が舞台のミステリーです。

まず、ペアンとは何か。原題には中丸(・)がついていないのですが、勝手に着けました。これまでの宝島社ではなく、講談社の刊行です。「黒い器具の謎」という副題が付いています。

予想通り真っ黒な装丁でした。表紙も見返しも帯も。地味ですが、洒落ていて、いい感じだと思いました。

「チーム・バチスタ」や「ジェネラル・ルージュ」の、不定愁訴外来担当、東城大学倫理委員会を仕切る、田口公平ドクターは、大学病院を見学する医学部学生として、チラと登場します。
外科手術を見学中、大出血で噴出した血を浴びて、卒倒する、ドクターとしてのその後を暗示するようなシーンが、印象的というか、ちょっと笑ってしまうと言うか・・・(この位は書いてもいいんでしょうか)

1988年に始まって、終わる、物語で、田口公平ドクター誕生の頃の時代が舞台です(或いは、作者の越し方ともダブるのかも知れませんが)。タイトルの由来?でしょう。
因みに、昭和63年は、翌昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御され、平成と年号が変わったので、事実上の昭和の最後の年と言えます。

そして、ペアンとは、外科手術の際に使う鉗子だそうです。
本書の主役は、世良雅志という外科志望の研修医です。
研修医となって、外科医局に入局三日目に、友人の代役ですが、胃癌手術の術野の外側でサポートする、外回りと呼ばれる末席?に加われることになります。

メディカル場面となると、断然作者の描写力は冴え渡ります。例えば、最初の方の手術前の手洗いの場面。短い文、リズミカルで、スピーディーにたたみこむようで、読む者が実際に隣りで参加している気分にさえなります。
意地悪く考えると、それまでも実習はしてきたでしょうし、手洗いの手順が好きという一文もありますが、初めての手術参加で、こんなに手際よくできるのかな、これはベテランの手洗いでは、などと思うところですが、そんなことは、頭をよぎりもしません。

全体的に、物語の流れも、登場人物の会話も、無駄がなく、軽快です。但し、ストーリーの核心は、軽いものではありません。すらすら読めるのに、読み応えもあり、読み終わって、よく出来ていると感心させられます。

「口は禍の元。大学病院では、軽口はご法度だ。とばっちりの矢がどこから飛んで来るか分からないんだぞ」というセリフもあり、これまでの軽口(登場人物のレベルでの)のオンパレードから、方向転換かとも思えます。
研修生が実地を学んで行くのですから、叱責と辛辣な皮肉と、本音と建前が察せられないのでは、バカ扱いと、厳しい会話が、難しい人間関係の中で、無駄なく交わされるという感じです。

ところで、これを読んでくださっている方に、この本から、一つクイズを出します。
‘牡丹のボタン’とは、何でしょうか。私も最初ちょっと分かりませんでした。
ヒントです。手術の助手として、上出来、と執刀教授に評価されるのですが、‘糸結び’が最低、「今日から毎日、牡丹の花を咲かせたまえ」と絹糸の束を投げられます。
これで、女性の方はお分かりになるかと思うのですが、白衣に牡丹のボタンを咲かせるのです。

主な登場人物は、東城大学病院の顔である外科医で、国手、神の手と言われる、佐伯教授。東華大学から講師として赴任して来る、高階。十年選手でありながら、また優秀な外科医でもあるのに、変わり者で、万年ヒラの渡海医師。そして語り手、或いは狂言廻しとも言える、研修医、世良。この四人です。
藤原婦長も時々顔を出しますし、助教授や助手、世良とちょっと付き合う看護婦(師)など、名前のついた登場人物は、他にも多くいますが、全て脇役です。

高階講師は、医学部の最高峰と言われる東華大学でも名を知られた腕のいい外科医で、佐伯外科が、食道癌の術例が少ないことに目をつけ、スナイプというニックネームの、白い銃身のような、食道癌手術用の新兵器を持ち込みます。
これを使えば、誰でも手術が出来る、その普及が目的であると、天真爛漫なのか、毒があるのか、言いたい放題で、教授以下の不興をかうのですが、お構いなしという、しかし、医師としての良心は、しっかり持っている。世良の指導医をかってでます。

どんな攻撃にもめげない高階も、佐伯教授の、誰にでも使えるのなら、指導医なしで、やらせようという、思いがけない、子供じみた反撃には、いささか手こずります。それでいて、器具の誤作動による、高階の危機を救ってみせるのは佐伯教授です。

世良が、縫合でミスを犯し、大出血を招き、実はミスに気づいていた、渡海の後始末で、患者は一命を取りとめる。落ち込んで、翌日仕事を休み、外科志願は止める決心をしたところに、やって来て、再び立ち直らせるのも高階です(世良が、外科医志望を止めるかどうか、渡海が賭けたのは、セブンスター一箱ですが、単に気取ってみせただけでしょう)。

一方、古株ヒラの渡海は、昼寝をしているか、ロックを聴いているか、世良を連れ出して、怪しげなバーに連れて行き、そこの払いを、製薬会社のプロパーが断ったから、そこの薬を止めて、別の製薬会社に乗り換えるという、自堕落な態度ですが、外科医としての技術の優秀さ、暗い中に、何故か惹かれるものを、世良は感じ取ります。
そして、ある時、渡海は、世良に自分が抱えている驚くべき秘密を話します。

佐伯教授は、病院長に立候補することになり、票固めを確実にするために、遠方の極北大学で開催される国際学会で講演を行うため、医局員の殆どを連れて行きます。

留守のメンバーは、高階、渡海、世良、他で、留守中の手術は予定以外、一切するな、と佐伯教授の厳命です。

そんな中、要手術の、緊急患者が運び込まれ、高階達は、教授に電話連絡をすることにして、手術に踏み切るのですが、予想しない障害のため、思いがけない難手術となり、物語も一挙にクライマックスとなります。ブラック・ペアンの登場です。

大体、この位しか、書けないでしょうか。
読んでいる時は、一気に読んでしまって、細部が思い出せない始末ですが、大筋を書いてみて、結局、高階講師は、スパイスのような役割。
主人公(と言っていいかどうか)の世良研修医は、文字通り、狂言廻し、或いは傍観者と言ってもいい。
主役は佐伯教授と渡海医師の二人と言える、こう書いても差し支えないと思います。
つまり、佐伯と渡海以外の登場人物の核心への、関わりのなさが、私には、ちょっと、という点ともなりました。
事件そのものも、結末も、メディカルであった、という印象です。

こんな蛇足、付けない方がいいに決まっていますが、海堂先生は、メディカルの場面や会話は、実に活き活きとしているのに、それ以外の日常茶飯事を書くことは、あまりお得意ではないように見えます。

最初の2ページ、つまり、序章、面白みのない、ありふれた記述という感じです。最後の2行から始めた方がよかったのでは。
サッカーの選手なのに、いくら疲れているとはいえ、病院への通勤路の描写、大袈裟過ぎると思います。‘安造りのロッカー’って・・・?
花房看護師とのデートの場面、ダレました。医師と看護師って、こんな初々しい会話を交わすものなのでしょうか。
‘イソジン’使い過ぎ。この位にしておきます。

黒の装丁、よかったと思います。昔、村上春樹の『ノルウェーの森』の真紅と濃緑に金色の帯の装丁が気に入って、買ったことを思い出しました。
「ジェネラル・ルージュ」が、ヘリコプターなど入ってしまって、赤と黒で揃えられなかったのは残念ですが。  《清水町ハナ》

(・08・01・15付けで、「訂正」を付しておりましたが、削除しました。08/02/21)

この記事へのコメント

通りすがりです
2007年11月26日 17:36
読み終えたあとたまたま通り過ぎました
そんな身分で大変恐縮なのですが、重要な事実関係が間違っているのはいかがなもんか…と思い…
書き込んでしまいました。


どんな攻撃にもめげない高階も、佐伯教授の、誰にでも使えるのなら、指導医なしで、やらせようという、思いがけない、子供じみた反撃には、いささか手こずります。それでいて、器具の誤作動による危機を救うのは佐伯教授です。

世良が、縫合でミスを犯し、大出血を招き、実はミスに気づいていた、教授の後始末で、患者は一命を取りとめる。落ち込んで、翌日仕事を休み、外科志願は止める決心をしたところに、やって来て、再び立ち直らせるのも高階です。
2007年11月27日 13:17
‘通りすがり’とおっしゃる方
ご指摘の部分、まず、一つ、私のミスがあります。二番目のパラグラフ、‘教授の’は、‘講師の’とすべきでした。申し訳ありません。その他の「重要な間違い」はどれをさしていらっしゃるのでしょうか。言葉の使い方でしょうか。器具の‘誤作動’は、小タイトルにそうあったので、使いましたが、‘操作ミス’に直す必要はないと思います。‘危機を救う’という表現にクレームが出るかも知れません。高階の‘器を量る’などの方がベターでしょうか。スナイプは、どんな条件下でも使えなければならないと考える、教授の仕掛けは、高階の器量を炙り出すことに成功していると思います。いずれにしても、高階も所詮佐伯教授の掌の上にいるのですから、表現に拘る必要もないと思います。二番目のパラグラフ、‘立ち直らせる’が候補でしょうか。セブンスター一箱の賭けとしても、立ち直ったことは、事実です。「重要な事実関係が間違っているのはいかがなもんか」というコメントに、罪でも犯した気分にさせられました。せめて、urlなり伺いたいものですが、たまたまnetでお目に留まったのでしょうね。本文は、少々直します。
通りすがり2
2007年11月27日 14:55
良かった、もう一度通り過ぎた。
すいません、URL持ち合わせていないもので…
教授→講師の間違いだけでも大きいですよ。単純に人が変わってしまいますので。加えて言うなら、この本を読んだことがある人にとって講師とは高階でしょう。渡海が講師だったかどうか、医局員とされていたのでよくわかりませんが。医療界のシステムなどにも精通していないので。清水町さんの新たな本文では直っている通り、救ったのは、渡海です。私が前に貼ったコピペと比べればだいぶニュアンスが違うことを読んだ方はご理解いただけるかと。
そして…
器具の誤作動による、高階の危機を救ってみせるのは佐伯教授です。
…これはまったくおかしい。
そういうことです。
罪を犯したかどうか私には分かりませんが、読み直していただければありがたいです。
ハナ
2007年11月27日 17:43
また、すぐに通り過ぎられるとは。本の読み方や考え方が全く違うようですね。
佐伯教授は、まさしく、高階を救って(あげて)みせたことは、書いてあります。医学界というところは、まだそういう面があると、作者は言っているのでしょう。私的な事情で、該当箇所を読み直すのもちょっとと思ったのですが、この本がよく書けているとあらためて思いました。
千亜希
2008年01月15日 01:44
こんばんわぁ。
糸結びの牡丹を咲かせてみたく検索しててたどり着きました。
私も読みましたが、気になる箇所がありました。
それは↓
>ペアンとは、外科手術の際、縫合に使う絹糸で、普通は銀色だそうです。

というところです。
素人なので詳しく知らないんですが、"絹糸"ではなくて鉗子ではないですか??

題名にもなっているだけにそこの部分の説明はこちらでも大事なところかと思い書き込みしてしまいました。^^;

余計なお世話だったらゴメンなさい。。。

2008年01月15日 02:49
千亜希様
コメント、ありがとうございました。重大なミスをご指摘頂きました。実は、昨日、家族の医療関係者にペアンが糸かどうか確認したところ、鉗子とこともなげに答え、まさか、縫合用の糸でしょう、と言うと、そうだったかな、などと答え、糸と再び思い込んでいました。調べ直したところ、鉗子が正しいようです。糸と思い込んだ経緯は思い出せないのですが、糸で止血ができるかという疑問がふと頭をよぎりました。おっしゃる通り、タイトルに使われている言葉で、重大なミスです。お詫びと訂正を出します。ご指摘ありがとうございました。

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    Excerpt: 海堂尊著 「ブラックペアン1988」を読む。 このフレーズにシビれた。  世良は慎重に手洗いを続ける。手のひらのうらおもて。手首。二の腕。指の一本一本。前腕。すべてを六角柱に見立て、その一面を十回ずつ.. Weblog: ご本といえばblog racked: 2010-10-16 08:29