本の雑記帳3「道尾秀介『ソロモンの犬』感想」思い出エッセイ〔73〕

 道尾秀介作『ソロモンの犬』文芸春秋社刊です。かなり前から、非常に恣意的な読書をしているので、この著者のお名前も作品も、知りませんでした。
Riverside café SUN’s’という名の喫茶店に、主人公、秋内静が入る場面から物語は始まります。SUN が、太陽だったか、息子だったかと主人公が迷うという記述にまずイライラさせられます。いくら何でもそれはないでしょうと。

ご丁寧に、少し読み進むと、‘フェロモン’とか‘コミュニケーション’という言葉もよく知らないという記述が出て来て、大学生なのに、本当にこんな単語も知らないんだと、つい、思ってしまうのですが、こういう本は、最初から注意深く読むべきですね。

秋内静には、友江京也、羽住智佳、巻坂ひろ子という同級生がいます。
京也が、大学で、静に、友人になろうと声をかけて来た時、本能的に危険な雰囲気を感じますが、このハンサム男と付き合っていれば、得があるかも知れないとも思って、承諾します。静は、羽住智佳に思いを寄せていますが、中々近づけない、あろうことか、「話しかける言葉メモ」を京也に拾われてしまいます。
京也は、自分と親しくしていれば、その望みも叶うと言い、すぐに、智佳の親友、巻坂ひろ子と親しくなって、静もその仲間に入ることができます。

静は、自転車便のバイトをしています。下宿のある平塚市内には、祖父の邸宅がありますが、両親が祖父の意に染まない結婚をしたために、絶縁状態です。
その祖父が、ある日、静を訪ねて来ます。実は、この祖父は、さばけていて、若い人との付き合いも好きな人で、この四人を招いて、バーベキュー・パーティーの機会を作ってくれたりします。しかし間もなく癌で入院してしまいます。

静が、ロードレーサーでいつも通る道筋に、片側が海を臨む絶壁の急坂があり、空き缶一つ踏んでも、自分の体は遙か下に投げ出されるだろうと思いながら、いつも一気に下ります。

ある日、京也と静が、釣りをしているところに、ひろ子がやって来ます。
途中で出会って、連れて来たという、椎崎鏡子助教授の息子、陽介と、オービーという飼い犬が一緒です。

丁度仕事が入り、静はその場を離れますが、何件目かに、偶然、椎崎鏡子助教授の、研究所宛の仕事が入ります。
近くに来た時、陽介がオービーを連れて歩いている姿を目撃します。反対側のファミレスからは、京也、ひろ子、智佳が出て来る。京也は突然、釣りのロッド・ケースを何かを狙うように向けた。その時、オービーが、陽介の持つリードをいっぱいに引っ張って、道を走り渡り、それに引っ張られた陽介は、トラックに轢かれて、命を落とす。
陽介は、椎崎鏡子教授の一人息子で、母子家庭です。

オービーは何故、突然走り出したのか。同じ大学で、動物生態学を担当する間宮未知夫助教授なら、分かるのではないかと、椎崎鏡子にサジェストされて、静は、下宿の近くのアパートに住む、間宮を訪ねます。

静は、当時の事情を話して、犬が突然走り出す理由は、どういうことが考えられるか、助言を求める。
事故の時、オービーは、誰かに合図を出されて、突然走ったのではという静の推測に対して、間宮は、犬は、飼い主かトレーナーの言うことしか聞かないと否定する。

また遠くにいる人間を飼い主と勘違いするということも、犬は目が悪いから、考えられない。色も、紫、青、黄の三色なら、見分けられるという最近の報告がある、という間宮の言葉に、静は、当日、京也が、紫のTシャツを着て、道の反対側にいたこと、ロッドケースをライフルのように構えたことを話し、京也への疑惑を口に出してしまう。
間宮は、陽介という飼い主がすぐ傍にいるのに、また、勘違いしようにも体格も違うしと、至極当たり前のことを指摘して、それはあり得ないと言い、静は、安堵する。

実を言うと、この辺まで読んで、私は、ウンザリし出していました。
ちょっとここで、私の繰り言を少し。

学生同士の、軽いというか、意味のない会話が延々と続く。
子供が、突然走り出した飼い犬に引っ張られて、車に轢かれて死んでしまったということは、それだけの、他に何もない、つまり、誰かがマリを投げようと、犬が飼い主を勘違いしようと、何の関係もない。
それを友人が紫の服を着ていたからと言って、たった今聞かされた知識で、犯人扱いするような推測を人に話す。信じられない下りです。
第一、犬には嗅覚という一番優れた能力があるのに、何故この場面で、間宮はそれに触れていないのか。

子供が犬に引っ張られて、事故に遭った、その単純な事実に、故意の、つまりそれを狙ったのではないかと考える根拠が不足していると思います(実は関係があるからこそ、拘るのですが)。それなら、もう少し納得の行く設定が必要ではないでしょうか。

犬は色盲と言われますが、京也が、紫色は認識できると知っていたとして、紫を着たからと言って、三人連れなのに、その場に偶然居合わせ、というか、タイミングよく、ファミレスから出て来て、犬も理論通り紫に反応して、道に飛び出すという確率は、限りなく低いと思います。まして、ロッドケースをライフルのように構えたからと言って、犬には何の意味も持たないでしょう。

更に犬を飼う場合、その犬がどんなに強い力で引っ張ったとしても、それを抑えられる力を持った者しか、散歩させてはいけない、分相応の犬を飼わなければなりません。
また訓練された犬でない限り、犬は、その性格によって、思いがけない行動をとることがあります。
私は、一回しか犬を飼ったことがないに等しい人間ですが、嘗ては、趣味のレベルで、多少犬についての知識を持っていたというか、犬の話と言うと、目や耳が行ったという程度です。

著者は、巻末に、犬の参考書を二三冊挙げていますが、著者自身は犬好きなのかどうか、本当の犬好きだったら、犬に関心がない人間だとは言え、意味がない質問をさせる設定をするかどうか、その前に、小さい子供に一人で、犬を散歩させるという場面そのものが無理があると思わないか、ちらとそんなことを思いました。

この後も、まだ捕まっていないオービーを、陽介の母親の鏡子が、処分するつもりでいる、ひどいことだとか、かなり、退屈な記述が続きます。忠犬ハチ公が柴犬という記述がありますが、ハチ公は、秋田犬です。

実は、この本より先に、別の本を読んでいて、結構面白そうだったのを、ぬるーいセリフやテンポに飽きて、ふとこの本の、最初の方のテンポのよさに惹かれて、乗り換えたのです。

話の続きに戻ります。
オービーは、陽介が担ぎこまれた病院の庭の隅で、ハチ公よろしく、待っているところを発見され、間宮が一時預かることになります。

椎崎鏡子は、ある日自殺し、その現場の発見者は、友江京也です。
京也は、鏡子と関係があったということを告白し、鏡子の夫は、それが原因で家を出たことを、静は、間宮からも聞きます。

この辺から、私は息を吹き返しました。そして、一気に、思いがけない結末に持って行く作者の力量に、またそれまでの伏線の張り方に、感心しました。
しかし、ルールとして、そろそろ、ペンを(マウスを)置かなければなりません。

一つだけ、作者が、書いている、「負の権化」という説を紹介しておきます(本当にそういう理論があるかどうか知りませんが)。
普段、あまり吠えない犬でも、郵便配達員には吠える。何故か。郵便配達員は、犬が吠えても、それに関係なく、郵便を配達して、帰って行く。犬にとっては、自分が吠えることによって、確実に退散する対象、つまり、自分の力に自信を持てる、或いは勘違いする、という説だそうです。

京也のガールフレンドの巻坂ひろ子は、ある時から、京也と鏡子の関係を疑い始めます。京也は、プジョーの輸入自転車に乗っていて、ある日、鏡子の自宅に、その自転車があるのを発見し、それから、何回か、その自転車があるかどうか、家の前まで行きますが、犬に吠えられ、立ち去ります。この場合、ひろ子は、鏡子の飼い犬、オービーにとって、郵便配達員だったというわけです。

本筋とは関係ありませんが、陽介の事故が起きた時、ひろ子は、陽介に、犬が引っ張って、リードを陽介が離してしまわないように、体に巻きつけるように言ったことが、あの事故を引き起こした、自分が陽介を殺したようなものだと、泣きます。あれは・・・

何といっても、若い人向けの小説です。私は、読み出したことを後悔しかけた頃、急に話が展開して、思いがけない結末に向かう、しかもきっちり最初の部分に返している、その構成力に感心、満足しました。  《清水町ハナ》

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