本の雑記帳1「海堂尊『ジェネラル・ルージュの凱旋』読後感」思い出エッセイ〔48〕

 次々に‘雑記帳’を作ってしまって、気が引けますが、雑記帳なら何でも書けるという便利さ、気楽さは棄てきれず、また一冊、作りました。書評ではなく、感想です。大したことは書きませんし、この本には、所謂ネタバレ、それも要となるようなものは存在しないとも思うのですが、これからお読みになる方は、「続き」をご覧にならないでください、と一応書いておきます。

 「~さん、あなたが今までにお買いになった本を参考にして、お勧めの本を紹介させていただきます」お馴染みのセリフで始まる、A社などと書かなくても、いわずと知れたAmazonのメールが数日前に来ました。その中に『ジェネラル・ルージュの凱旋』(宝島社)がありました。

何とマガマガしいタイトル・・・一体どういう意味なのか。ルージュと言えば、普通口紅を連想します。女性の将軍の凱旋?どこから、何に勝って。大体凱旋という言葉は今生きているのでしょうか。ジェネラルという言葉も。つまりタイトルからは、全く内容についてのイメージが湧いて来ないのです。作者は、傑作、『チーム・バチスタの栄光』の海堂尊氏であります。
このタイトルには、医の臭いは一切感じられません。

長々とタイトルについて、書いていますが、それほど、このタイトルには、異様な感じというか、ショックを受けました(それだけで、半分成功かも)。
海堂氏が、‘バチスタ’の後、二作書いていることは、承知していました。何故か、興味を持たなかったのは、‘ナイチンゲール’という言葉がタイトルに入っていたからではないか、看護婦(師、ですね)を表わすのに、この名前は今や、陳腐な響きしか持たないから、今気づきましたが、Amazonメールが来なかったこともおそらく理由の一つです(勿論冗談です)。

そして、この新作については、☆が四つ半ついている、非常なといっていい高評価です。値段は、1680円。この頃ハードカバーは、1470円止まりが多いのに、高い。大作、つまり厚い、読みでがある本なのか。これはマイナス要素ですが(と言って、自宅配送の場合、1500円以上は、送料無料なので、この価格の差は、殆どないも同然になりますが)。

私は、不覚にもこの新作について全く情報を持っていませんでした。広告も目にしていません。ですから、最新作、それも出版されたばかりと思ったのです。
こういうタイトルをつけたのは、何か仕掛けがあるのだろう、‘残部2冊’急がなくちゃ(これはのせられたかも)、新書のGoogle本と2冊、注文したのが、27日。29日に配達されて、今日30日(もうすぐ31日ですが)読了しました。昔と比べると、読む速さは衰えましたが。
小説の場合、面白くないと、途中で放り出しますし、プロットや仕掛けが面白そうでも、文章がうまくないと、点数が下がります。
その点、『チーム・バチスタの栄光』は、満点に近かったと思います。一気に読みました。
これは、何回か、休みました。

『ジェネラル・ルージュの凱旋』は、予想通り、真っ赤な本です。カバーも帯も見返しも。表表紙だけ、少しボカシが入っていて、赤い線が二本引いてあります。口紅を表しているのでしょう。四月に初版が出ていて、第四刷でした。

第2章の見出しで、ジェネラル・ルージュとは、血まみれ将軍、つまり、文字通り、患者の血で白衣が血まみれとなった救命救急部長のニックネームと明かされます。もう少し後で、口紅も関係があることが分かります。

目次、これまた、驚きです。タイトルと同じく内容が推し量れない言葉が並んでいます。最初の方から、ランダムに挙げると、‘オレンジ・スクランブル’(これは、医療関係者はピンと来るのでしょうか)、‘コミットメントの空隙’、‘ピンストライプの経済封鎖’・・・

作者と編集者が、意図して、何を狙ったのか。鈍感な私には、量りかね、ペダンティックを超えた、何か分からない、カチーンと鋭い金属音を耳元で鳴らされて、後に響くべき余韻がなく、戸惑うような、そんな感じを持ちました。

ご存知のように、Amazonでは、内容の紹介のない本の一部に、目次を全部紹介するという手段?を使っています。実用本は勿論、論文系統の本にも結構有効です。
でもこの本の目次には、その手は使えないと思います。意外性の逆効果があるかもしれませんが。

内容は、帯に明快に書いてあります。
「ドクター・ヘリの導入を悲願とする救命救急センター部長をめぐる疑惑」
この通り。最も短い、ベストのアブリッジメントです。

上質のメディカル・ミステリーが読めると期待しましたが、ミステリーとは言いがたいと思います。帯もミステリーとはうたっていません。この辺りが、手に取らず、netで本を購入することの欠点でもあります。
 
ネガティブな感じで書き始めているようにも思うので、今、書いておきます。
面白かったです。買って読む価値はあると思います。但し、私は、高くても☆四つです。ちょっと削りたい気もします。

書評は勿論、読後感と書くのも躊躇しました。まあ、でも、感想というのは、何でもありということだと思って、そのままにしました。
従って、続けて書くことは、ズバリ本質的な点をつくなどというものではなく、周囲から攻める、というと聞こえはいいのですが、いじる、ということになるかと思います。

上のようなことを書かなければならない理由の一つは、最初から最後まで、大学病院が舞台で、状況も刻々変化するし、くせ者ばかりが、登場して、先ずは、医療関係者としての、患者や状況に対する対応、スピーディーな会話の遣り取り、皮肉や厭味、策略の下地を、丁々発止の会話というか、発言の連続という形で、作品が構成されていることです。

医療現場の状況、基礎的なテクニカル・タームも分からない読者としては、ワン・テンポどころか、数テンポ遅れて、しかも外側から眺める場面が、少なくとも私にはかなりありました。例え、専門用語にルビが振ってあっても、一見普通の語彙、会話でも、作者の意図する速い流れがあることは理解しても、同じ速さでついて行くことはできないのです。

小説で、専門的な分野や人々で舞台を作る場合、例えば経済小説と呼ばれるものなら、読者は、一般的な知識の範囲で、語られることの殆どを理解できると思います。
専門度が非常に高いのに、大学病院が舞台になり得るのは、患者あっての病院、常に一般の人々の関心の的でもあるからでしょう。
映画やテレビ・ドラマの病院もので、専門用語が連発されても、特に気にすることなく、聞き流すのは、それが、筋書きに関係がないからだと思います。

作者、海堂尊氏については、この本では、勤務医とだけ紹介されています。
少し前の「サーイ・イサラ」のインタビューによると、海堂氏は、臨床から基礎に移ったとありました。‘基礎’という部門があるということは、大学病院、それに準ずる大病院で場数を踏んでいるということでしょう。

ここに描き出された大学病院の組織、運営、様々な状況、人間相関図、間髪を入れず切り返す、会話の応酬、全て、作者の創作ではあると思いますが、現場を知っている医師でなければ書けないことは確実と思えます。そう言わせれば成功、という声が聞こえないでもありませんが。ただ、登場人物の殆どは、現実感、具体性に乏しいのです。顔や姿が浮かばない。

とにかく、部外者は絶対乗れない会話の場という設定でも、といって、本当にこういうスピーディーで、気が利いて、正確で、しかも向けられた刃を返す刀でグサリと相手を刺す口舌が現場で交わされているのか、そんなことも思いますが、多少のコンプレックスと反発を感じながらも、吸い込まれて行く思いがしました。

かなり以前のアメリカ映画で、タイトルを忘れましたが、腕のいい外科医がお気に入りの音楽などかけて、手術をし(今だったら、告訴もの?)、白衣の権威を享受していたのが、自分が患者になって、一患者の立場がいかに弱いものであるかを知るという、単純なテーマを扱ったものがありました。その中で今でも覚えているのは、医師の奥さんが、「うちへ帰ったら、釘一つ打てない、世間のことなんか何も知らない」と夫を一刀両断に切る言葉です。
そう言えば、この小説は、医師も看護婦も、家庭の臭いが一切しない、唯一、事務長の奥さんが災害に巻き込まれるという場面がありますが。

某製薬会社との癒着を囁かれる、ジェネラル・ルージュ。真相はいかに。‘バチスタ’でお馴染みの、不定愁訴外来担当、東城大学病院、倫理委員会を仕切る、田口公平ドクターがどう捌くか、今回はオブザーバー的な登場ですが、厚労省の白鳥圭輔も登場します。

もう一人、姫宮なる、看護婦見習い、それも思いっきり不器用で、愚鈍とさえ言える、女性を登場させ、(これはちょっと見当がついてしまうのですが)この人が、紅はこべ的(旧いですね、と言って、水戸黄門もねえ)役割で、次の作品で、主要な役割を果たすのではという期待を持たせます。

‘メディカル・エンターテインメント’と帯に書いてあります。なるほど、そういうことですか、と思いかけて、その意味は、と問いたくなりました。
何故、‘バチスタ’は、ギリギリOKで、‘ジェネラル’で、疑問が出たか。殺人事件のない推理小説はあり得ないと考えると、東城大学病院を主たる舞台にする限り、医師を犯人にしてはいけないという禁忌に触れる可能性がある、そういうことも言えると思います。田口先生を探偵にするという案もいただけないですよね。

口紅の扱いは、よくない、ちょっと気持ち悪い。「はかないワイン・グラスのように砕け散ってしまった」などという文もどうでしょうか。
発想がどんどん生まれ、それを水を流すように文にできる、そういう力量のある作者であると思います。褒めたり、貶したりで、失礼しました。  《清水町ハナ》



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