思い出エッセイ〔18〕「愛猫雑記・・・そしてネコの死に場所」

 近頃、野良猫を見かけることがめっきり少なくなりました。今の所に住んで11年になりますが、猫が歩いているのを見た記憶がないほどです。飼っているお宅は結構あると思われますが、外に出さなくなったのでしょう。と言って、猫が多いので有名な場所もあります。東京ですぐ思いつくのは谷中でしょうか。街中猫だらけという感じではありませんが、谷中霊園には結構たくさんいます。

霊園のちょっと奥まった場所に、数匹の猫が思い思いのポーズでくつろいでいるのを発見し、シャッター・チャンスとばかりにカメラを向けたところ、「遠慮してください」と鋭い声で注意されました。墓石の陰になっていて、気がつかなかったのですが、プロのカメラマンと思われる女性が、傍らの猫にエサをやりながら、「何よ、この人は」という表情で、マナー知らず、どころか、盗作者と言わんばかりに(これは後の印象ですが)、私を睨みつけています。

気迫に押されて、私は後ずさりして、ホウホウノ態で逃げるようにその場を去りました。彼女が構成しつつあるシーンだったのです。おそらく何匹もの猫が構想通りの立ち?位置で、一匹ずつこういうポーズで、とはっきりイメージして、エサなど置きながら、まさに今、このシーンというのを待っていたのでしょう。

(ところで、お願いがあります。今このブログを読んで下さっている猫好きの方、犬好きの方も、私のブログ、「思い出エッセイ」の〔2〕と〔3〕にざっと目を通していただければ幸いです。犬好きの私達家族が、犬を飼うのを止めて、その後十数匹の猫を飼うようになった理由が書いてありますので)

新年のカレンダーが売り場に並ぶようになると、人気タレントもの以外では、犬、猫ものが圧倒的に多いように思いますが(ここのところ減少傾向のようにも感じますが)、そしてわが家でも特にネコ好きの夫の部屋、トイレ、スケジュール用などにネコのカレンダーをいくつか用意します。
どこから見ても完璧に可愛らしいネコの写真ばかり求めていたのが、ここ二三年、ちょっと好みが変わって来て、特にトイレでシゲシゲ見つめる分は(失礼)、野良猫(かな?要するに雑種)が被写体のを選んでいます。可愛さなど全くなく、ネコながらに不美人(美男)だと思うような顔つきばかりで、態度も周囲を完全無視しているか、辺りを睥睨しているというスタイルです。

素人が見ても、明らかに合成と分かるのがあるのは残念ですが、(谷中の彼女のような人が、一匹だけどうしても構想の立ち位置に落ち着かせることができなかったのかも知れない)、とにかく見ていて飽きない、私達は一切人間に頼っていない自立した存在と主張しているようでもあり、不思議な安定感を得られます。

猫を飼うようになって、犬と大きく違う点と気づいたことは、猫は飼い主の精神状態と関係なく、落ち着き払っているので、安定を得られることです。それがネコは家になつくと言われる所以でしょうけど。犬は、主人が落ち込んでいると、自分も落ち込み、犬のケアまでしなければならなくなります。勿論飼い主に並々ならない愛情を抱いている犬に限られると思いますが。

この文を書き出してから、単純なことが気になっています。犬と猫、ペットの代表です。家畜まで範囲を広げても、ケモノ偏がつくのは猫位ではないでしょうか。例え飼っていても、猪をペットとは言わないでしょうし。今までネコと片仮名で表記することが多かったのですが、この文では、使い分けてみました。何しろライオンが同類です。
魔性の動物とも言われます。古代エジプトのように崇拝の対象になったり、中世ヨーロッパなどのように魔女扱いされて、火炙りの刑や絞首刑にされたり、しかもそういう目に遭うと、ペストを流行らせるなど、必ず並でない仕返しをします、祟りとしては「水子一代、猫七代」などとも言われるそうです。今まで飼った十数匹、ちゃんと待遇しただろうか、ちょっと気になってきました。

今飼っているポロンとボウヤ。チンチラ・ゴールデンと信じて買いましたが、ボウヤの方は、明らかにハーフかクオーターです。
東京の国立に以前からお住まいか、時々行かれたことがある方、今は露店も規制されているようですが、十二三年前、大学通りに犬・猫の露店があったのをご記憶でしょう。
国立に行く度に見入っていましたが、ある日、ボウヤがチンチラ・ゴールデンとして売られていました。その可愛さと言ったら、その場から動けないほどでした。

いかにも香具師という感じのオジサンは、すぐにこれはオチルと確信したのでしょう。この一匹しか入らないよというような勧め方をしてきました。「血統書もついてるよ」とも言いました。
家族に無断でペットの衝動買いなど初めてでしたが、たまたま持ち合わせがあり、買ってしまったのです。血統書は今ないから何日以降取りに来てと言われました。ダンボールに入れてもらって、ネコの切符を飼って、電車に乗るつもりでしたが、凄まじい暴れようです。道行く人が皆、ネコを棄てに行くのではというような胡散臭そうな目でジロジロ見ます。箱が破れてしまいそうです。
やむを得ず、タクシーに乗りました。その間も暴れ通し、鳴き通し。運転手さんに謝ると、結構な遠距離だからか、「仔猫なんて、そんなもんですよ」とアイソよく言ってくれました。

今考えると、青空露店の売り物だったので、閉所恐怖症だったのでしょう。家に帰ったら、ケロッと落ち着きましたが、その後も生まれてから買われるまでの育てられ方が影響していると思われる偏った性格のようなものが目立ちました。指定された日に血統書を取りに行くと、「奥さん、ほんとに来たの」と、オジサンはシブい顔で言って、郵送すると言います。大分経って、送られて来ました。毛並みのよさ(皮肉ではありません)でも有名な政治家の印入りで。

仔猫のうちはほんとに可愛くて、きれいなもの、可愛いものが好きな夫などは、文字通り目に入れても痛くない可愛がりようで、頻繁に洗ってやるは、毛を整えてやるは、遂には口から食べ物までやる始末。それがエスカレートして、チンチラがもう一匹欲しいと言い出し、たまたま寄ったペット店に一匹いて、それを買うと言います。ボウヤが寂しいからと言うのですが、実はボウヤ以外にもう一匹チロという白い大きな猫がいました。

チロは、コロというアメショーのハーフと一緒にうちに来たのですが、コロが家出をしてしまって、行き先は分かっていたのですが、戻って来ないので、私がボウヤを衝動買いをしたのも、チロ一匹では寂しい(人間が?)という気分もあったからだと思います。

チンチラという種類は、目にアイラインが入ったような感じで、大人になっても仔猫の時の美貌を保つのです。ポロン(と名づけましたが)は、実にボウヤの三倍近い値段で、その時、あれ、ボウヤは安過ぎるのではと思ったのですが、露店だから安く仕入れたのだろう、血統書もあるし、と大して気にしませんでした。

ポロンは姿のよさだけでなく、性格のよさでもうちに来た十数匹の猫の中でも群を抜いていました。つまり猫特有の癖が全くなく、家族の帰りをかなり早く察知して、玄関で待ち受けるとか、主人の脇を側歩するとか、いくつかの言葉も理解したり、ネコとも思えない、訴えるような何種類かの独特の鳴き声を使い分けたり、犬のような面もありました。買って来て間もなく、尻尾の付け根に固い腫瘍のようなものが見つかり、獣医にみせたところ、リスのようなピンと立ったフサフサした立派な尻尾を切断することになるかも知れないと言われ、悲観しましたが、何とそれは糞の塊であることが分かりました。

ポロンは気持ちが優しく、他の猫が吐いたりしていると、すぐ駆けつけ、心配そうに付き添います。つまり顔良し、性格良し、頭良し、全て良しで、夫の寵愛は次第に大人になりつつあるボウヤからポロンへと移って行ったのでありました。

更に、最初はボウヤもポロンも可愛がっていたチロが、いつ頃からか、ボウヤを集中的にいじめ始め、ストレスのためか、ボウヤは全身の毛が抜け、顔も痩せこけて険しい顔つきになり、これ以上は一緒に置くことは難しいという状態になりました。丁度成猫になりかけていたボウヤの、チンチラとしての特徴がいくつか欠けることも、いじめによるストレスの所為と、見過ごしてしまったように思います。

引越しを機会に、チロは息子の手元に置き、ボウヤとポロンは私達が連れて行くことになりました。それから半年後、チロは突然死しました。一緒に連れて行かなかったからではないかと今でも思うことがあります。

ボウヤとポロンは完全な家猫で、一歩も外に出たことはありません。これも初めてのケースです。野良猫育ちは勿論、買った猫でも、必ず外に出たがるし、出てしまいます。チロだけは、外に出ても、臆病なのか、すぐ戻って来るのですが、外に関心はあったのです。それが今の二匹は外に全く関心を持たない初めての猫です。十三歳になっているはずで、うちの猫たちの中でも最も長寿です。

外に出たことがないことが、病気をしないことと関係していると思われます。但し猫としての能力は低いと思います。今は年を取ったからというものの、少々の距離を飛ぶのに、慎重に見当をつけ、勢いをつけてエイッと飛んでも、失敗したり、ソファの背もたれで寝ていて、落ちたり、猫とも思えない不器用な身のこなしです。

いつもマンションの非常仕切りの一番上のごく狭い部分で寝ていたノラクロや、家出をして、五階のベランダの手摺りを風のように走り去ったという目撃情報があったペルシャ猫のペロなどと比べるべくもありません。
ノラクロは特に高い所好きで、天井に近い高さのある細長い食器棚の上もお気に入りの場所でした。二三の足がかりで、駆け登るように上がってしまいました。ある時、下に降りる足がかりの一つがなかったらしく、上で困っていました。何気なく手を差し伸べると、身を預けて来たのには驚きました。

ポロンとボウヤが猫特有の能力に欠けると言って、全ての面でというわけではありません。
一つ驚いていることがあります。地震についてです。この二匹が反応する地震は結構大きい場合です。あ、大きいかなと思って、二匹を見て、寝たままだったりする時は、大したことはありません。

丁度二年前の二月の中頃、東京で震度4の地震がありました。夫は、自分の部屋にテレビもあるので、そこに布団も持ち込んで寝ていたのですが、ボウヤは、その枕元に当たる所に置いてある回転椅子の上で寝るのが常でした。
地震があった日、夫は入院して二日目でした。夫がいないからでしょう、ボウヤはその日は居間の椅子で寝ていました。

地震が治まってから、夫の部屋に行ってみたら、天井近くまで積んであった厚く大きな本が二十冊以上、下に落ちているのです。丁度夫の顔に当たる辺りと、ボウヤの寝ている椅子の上に集中して。慄然としました。天井近い高さから落ちているのですから、夫がいたら、到底無事では済まなかったでしょう。

そして、猫の不思議な能力に驚くのは、それから一週間か十日後に再び起きた同じ震度4の地震の時です。二匹がぱっと跳ね起きたので、これは大きいと身構えました。
地震が治まった時、ポロンとボウヤは、はじかれたように夫の部屋に走って行きました。私が行ってみると、二匹は座って、前回本が落ちて来た本棚を見上げているのです。下に下ろしたりしたので、その時は異常はありませんでした。不思議なことです。前回は二匹ともその部屋にはいなかったのです。今考えれば、最初の地震で書籍が落ちた音などを体で覚えていたのかと思いますが。

愛犬タロが私達のもとを去ってから、野良猫ドラミに仔猫共々居座られて、猫を飼うようになり、十数匹といつも書いていますが、今正確な数字を数えてみます。13匹です。
タロが死んで今年で25年になるので、猫を飼い始めて、約22年ということになります。13匹それぞれが、毛色、顔つきは勿論、性格も大きく異なり、それぞれが一文仕立てられるほど、エピソード、思い出があります。アメショーのハーフ、コロのように、他のお宅に居ついてしまい、ちょっと裏切られたかなという思いを持つのもいます。

この文も、「愛猫ノラクロ・・・そして~」というタイトルで書き始めましたが、ノラクロのことを詳しく書く余裕がなくなってしまったので、現題に変更しました。

特にボウヤには老いが感じられますが、二匹ともまだまだ生きそうで、うちの猫もこの二匹で終わりかなと思います。それも寂しい気がして、何年か前にアメショーのピッピBを飼ったのですが、一週間も家にいないで、死なれてしまったことは、他のブログで書きました。

猫は死ぬ姿を人に見せないと昔から言われます。本来そういう習性ではというのが、私の実感です。しかし、完全な家猫が多くなってきて、事情も変わって来ていると思います。動物病院で死ぬ猫も多いでしょう。

飼って間もなく死んでしまった仔猫ピッピAとBは、それぞれお風呂場とソファの陰で死にました。チロは息子が朝起きてみたら、死んでいたそうです。
真っ白なチンチラ・ペルシャ、ペロは、私達飼い主にも最後まで距離を置いていた、気難しい猫でした。洗おうとすると、天井まで飛び上がらん勢いで暴れ、ネコ・キックもしょっちゅうで、一度私は首に爪をひっかけられ、ぶら下がられたことがあります。と言って自分はこの家の猫であるという意識ははっきり持っていたと思います。ベランダより外に出ることはありませんでした。孤高の猫という印象もありました。

ドラミ軍団が皆いなくなってしまい、すっかり寂しくなって、お金を出して買った初めてのネコでもあります。
ある日姿が見えなくなりました。マンションに掲示を出しました。うちは角部屋でしたが、五階のお宅だったか、ベランダで寝ていたので、捕まえようと思ったら、逃げてしまった、同じ構造だから間違えたのではと、丁度マンションの総会の時そのお宅のご主人が伝えてくださいました。
そこのお宅も非常なネコ好きだそうですが、飼い猫がお隣の女性の顔に噛みついてかなりの怪我をさせ、訴訟沙汰になったと言われたと思います、大きな弁償をした上に保健所に処分を依頼せざるを得なくなったと肩を落としておられました。間もなく引っ越して行かれたようです。
上に書いた、五階のベランダの手摺りを風のように走り去った情報、更に情けないことに、買い物から帰って来てみたら、食卓の上で真っ白な猫が食パンを食べていた、と伝えて下さった高齢の女性の方もおられました。ペロに違いありません。お詫びを申し上げました。

そして、姿が見えなくなって、一ヶ月半近くも経って、今マンション内の廊下で見たと言って来て下さった方があり、すぐ通路に出て、息子と「ペロ、ペロ」と大きな声で呼びました。そうしたら、ニャーニャーニャーという大きな返事が返って来たのです。真ん中辺りのお宅のガス・メーター・ボックスの中にいて、私を見たら、すぐ出て来て、おとなしく抱かれました。薄汚れていました。

それ以来すっかりおとなしい猫となりましたが、どうやって暮らしていたのか、無理がたたって、健康を害したようでもあります。ひと月かふた月か、見る見る衰えて行き、歩くのもやっとになりました。外で苦労したから、この上獣医に連れて行くのもと思って、様子を見ていました。

ある夜、どうしてもベランダに出たいとせがみ、涼しい風に当たりたいのだろうと思って、出してやりました。長いベランダを歩いて外に出るのも無理と思える状態でした。暫くして、様子を見ると、いなくなっていました。ベランダに姿はありませんでした。諦めました。生きて帰るとは思えませんでした。

寂しいけど、仕方がないという気持ちでした。ある日、マンションの管理人さんがこれ、お宅の猫では、死んでいた、まだ温かいと、ダンボールの箱に入れた猫を持って来ました。ひと目見て、違いますと言いました。触ってみると、まだ本当に温かさが残っていました。表情はよく見えなかったのですが、見た瞬間、似ても似つかない猫と思いました。第一再びいなくなってから、何ヶ月も経っていました。十歩と歩けない状態だったのです。
でも後になって、ある種の疑念が湧きました。ペロでなくても、引き取って、葬ってやればよかったのではと後悔の念も抱きました。

ドラミの息子、ノラクロは、幼い中は一番成長が遅く、小さく、鰯を食べ過ぎて、死にそうになったり、外で喧嘩をしたらしく、瀕死の重傷を負って来たこともあります。
長じて、うちが飼った猫で唯一、一種の妖気を湛えた猫になりました。家族に対してではなく、外に対してです。

私が重病の時、愛犬タロに助けられたことを最初のブログに書きましたが、ノラクロには、両親の介護や身内との軋轢、仕事も持って、無理が重なった所為か、劇症帯状疱疹を顔の左半分に病んだ時、いつも傍にいてくれて、精神的に助けられたと思います。
玄関の前の高い仕切りの上で妖気に充ちた目で辺りを睥睨しているので、苦情でも出たのか、管理人個人の判断なのか、泥棒除けと言って、ノラクロが上がれないように柵をつけられてしまいました。
獣医大病院で去勢手術をしてから、腎臓か膀胱の調子が悪くなり、石が出て、血尿も出るようになり、具合が悪そうでしたが、泰然とした姿勢を崩さず、いつも私の傍にいました。

ある日、外へ出て、四日帰らず、五日帰らないと問題なのですが、明日は帰って来るだろうと信じて、マンションと地続きの地主さんの所で、何気なくノラクロがいない話しをしました。いつも十数匹の猫を飼っている猫に目のないお宅です。ノラクロの特徴を話すと、アッと手伝いの方など数人が声を挙げました。

所有の竹林と言われたと思います。うずくまっていて、保護したら、ノミがびっしり付いていた、ご主人が洗って、きれいにしてやったけど、起き上がれないまま、今朝死に、つい今しがた、市役所の人が引き取りに来たと言うのです。思わず涙が溢れました。その場におられた方も、もらい泣きをしてしまったと言われました。

横たわって、身動きもできないのに、真っ直ぐに前を見て、姿勢を保ち、しっかりとした感じで、修道僧のような雰囲気だったと身内の方の感想です。
私にはノラクロがどういう様子だったか、はっきり想像できます。あの目の光で、そうか、妖気でなく、修道僧、いいニックネームでは、と思いました。私に死ぬ姿を見せたくなかった、見せない方がいい、そう、判断したとも思ってみました。

仔猫のうちにすぐ死んでしまった二匹以外、死に瀕した姿や死んだ姿を見ていません。
昔、団地の一階のお宅で、床下が深いのに驚いたことがあります。こういう所に入って死ぬのではとも思いました。
死んだ猫はすぐ、市役所が持っていく、それが一番多い、案外そういうドライな真相かも知れません。ただ飼い主に死を知らせたくないという姿勢は顕著と言えるのではないでしょうか。また、例えば野生の動物で、象なども死ぬ姿を見せないと言われます。猫にも野生が残っている・・・ケモノ偏がつく所以でしょうか。  《清水町ハナ》


【追記】上記の一文は3年8ヶ月前に書いたものです。ポロンとボウヤは今年、2010年1月と8月にこの世を去り、我が家のペットはいなくなりました。上記で、猫の死に場所について結論めいたことを書いておりますが、ポロンとボウヤはそれぞれ自分の意志で、最後の力を振り絞って飼い主の傍に来て、生を終えるという、上記の結論とは全く異なる姿を見せました。単に家猫だったからということではなく、猫は死に際して自分の死に場所、死に方を選ぶのではないかという結論を得ました。その経緯を、思い出エッセイ〔296〕「猫の死に場所」 というタイトルでまとめております。お気が向きましたら、お目をお通し頂ければ幸いでございます。長い間、拙いブログ、特に犬、猫、他のペット・ブログをお読みいただきましてありがとうございました-2010/10/05-

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