思い出エッセイ

アクセスカウンタ

zoom RSS 思い出エッセイ〔498〕【ペットたちU】

<<   作成日時 : 2015/02/19 08:17   >>

トラックバック 0 / コメント 0

【ペットたちT】を書いたのは半年も前です。ルーのことを色々と思い出して、その先の記憶を辿ろうと言う気持、と言うより気力がなくなっていました。

まあ、でも、自分のために、特に最後の飼い犬、タロのことは、ウチのペットと言うタイトルで書くなら、外せない、と言うより家族同然のペットのトップ、リーダーでもあったわけですから、とにかく書かなければ、そんな単純な思いでやっと書き始めました。
(実を言うと、さすがに高齢で、書くこと自体、スイスイとはいかないのですが)

結婚して何年かは、特に子供が小さい中は、大きな火鉢に飼っていた金魚が唯一のペットと言うか、生き物でした。
当時、公団住宅に当たって、動物の飼育禁止でもありましたし。

妙な自慢をするつもりはないのですが、私は(家族は、と書いた方がいいのかも知れませんが、世話は殆ど私がしたので)、ペットを短い期間で死なせたことはごく少ない方だと思います。長寿を全うした、とまでは言いませんが、殆ど結構長く一緒に暮らしたと思います。

アメショーの子猫2匹を死なせてしまいましたが、1匹は、買ってから、お店から連絡が来て、病気の猫を売ってしまったから、他のと換える、或は引き取ると連絡してきたのですが、二三日ですっかり気に入ってしまい、結局ウチで死にました。一週間位だったでしょうか。

それより前、同じくアメショーの子猫が、一カ月位で死んだのは、他の猫に苛められたのが原因ではと思っているのですが、かわいそうなことをしました。飼うべきではなかったと思っています。

脱線してしまいましたが、火鉢の金魚は、どんどんと言う感じで大きくなり、数年後、分譲の公団住宅に当たって、越すことになった時も、勿論連れて行きました。

実はその頃、金魚の自殺と言う言葉を聞いていて、場所を移すと死んでしまうと言うので、気にして、火鉢に入れたまま、水も替えず、できるだけそっと持って行きました。
数日はダイジョウブだったか、すぐに異変が起きたか思い出せないのですが、着いた日から何度も金魚の様子を見ていたのですが、突然、目の前で、一匹が大きく跳ねて、外へ飛び出しました。金魚も結構成長し、鯉の子ども位と言うと大袈裟かも知れませんが、金魚とも思えない大きさになっていました。

すぐに元へ戻しましたが、3匹か4匹が同じように外へ飛び出し、すぐ戻しても、結局二三日の中に死んでしまいました。
大きく立派に育った金魚でしたが、餌を求めて集まって来ても、所詮お魚で、飼い主の顔が分かるわけでなしと、当時そこまで思っていたわけではありませんが、文字通りの金魚の自殺行為を目の当たりにしてショックを受けました。

残った金魚は、あまり刺激を与えないようにして、勿論新しい金魚を入れたりせず、大事に見守ったつもりですが、半年か一年か、いなくなり、それきり金魚を飼うのを止めました。

新居に於けるペットは、まず金魚の死で始まった、などと書くと、そんなこと、書かなければいいじゃない、と言われそうですが、金魚の思いがけない生死を見て、その後、何度かもう一度金魚をと思っても実現しないまま今日に至っています。
飼ってみようかと私が言ってみると、家族が、今でも当時のことを言って、賛成しないからでもあります。

小動物以外、動物の飼育禁止ということなので、文字通りの小動物、ミドリガメ(成長して結構大きくなるとも聞いていますが)、江の島で拾ったヤドカリ。餌とかどうしていたのか思い出せないのですが、思ったより生きて、当時貝殻を少し集めていたので、体が大きくなるのではと思い、少し大きめのを何個か置いてやったのですが、引越しをしたかどうか覚えていません。

それからリス。サクラと名付け、結構慣れて、おなかが空くと、金網にしがみついて、キューキュー鳴いて催促しました。暑い時は、陶器の水入れにしがみついている姿が可愛かった。ただ小さいのに、結構ケモノ臭が強く、来客の時などは、他の部屋へ移したりしました。

ところがある日、サクラは、忽然と消えてしまいました。
二回位は帰って来て、窓の外に座っていたのですが、三回目は帰って来ませんでした。

顔見知りの方に話したところ、同じ団地の知り合いの方が、リスが入って来たので、飼っていると言われ、それならそこで飼っていただければと言ったのですが、先方に話されたらしく、返すと言っておられるとのこと、新しい鳥籠に入れておられ、そのまま飼ってくださいと申し上げたのですが、返してくださいました。
文鳥(だったと思いますが)のつがいをお礼と言うか、わざわざ求められた鳥籠にとお持ちすると、最初はそんなご心配なくと言われましたが、鳥は大好きと受け取ってくださいました。

サクラはおとなしくしていましたが、暫く経って、またいなくなりました。今度は帰って来ませんでした。

つがいのセキセイインコも飼っていました。その色から青太とキーコと名付け、特にオスの青太は、ほんとに性格のいいおっとりした子で、メスのキーコの面倒をよくみて、餌を食べさせたり、とにかくいつもキーコに優しく話しかけている風で、それに対してキーコは、私達にも殆ど関心を持っていないようで、籠から出したら、すぐに飛んで行ってしまいそうで、と言って、青太も一人では寂しそうで、ウチのインコ達は、結構籠の鳥状態が長い、かわいそうな状況でした。と言って、彼らは特に気にしていなかったようにも見え、青太は、わがまま・キーコの世話を焼くのが一番の楽しみだったのかも知れません。

夏休み、一週間程旅行することになり、タロは獣医さんに預けましたが、インコは、母が積極的に預かると言ってくれたので、毎日、少しの餌と水をやるだけで、他にすることは特にないからと言って、預かってもらいました。

一週間後、受け取りに行くと、ゴメンナサイ、二羽とも死んじゃったの、と母。
キーコが具合悪くなったから、口から人工呼吸したんだけど、と言う言葉にそれだけで死んでしまうと思いました。青太は、必死にキーコの世話をしているように見えたそうですが、後を追うように死んで、悲しんで死んだのではないかと思うとのこと。あり得ることです。
もう何十年も前のことですが、今頃、タロを預けた獣医さんが、青太達も預かってくれたのではと思いつきましたが。

そしてタロです。
犬は小動物とは呼べないと思いますが(と言って、犬を飼ってはいけないとは書いてありませんでした)、分譲の団地なので、時折見かけるし、同じ階段の方も飼っていらっしゃるので、息子が小6の時のクリスマスプレゼントに犬が欲しいと言ったことを、少々コジツケの理由として、念願の犬を飼うことを決めました。

新宿のデパートに買いに行きました。
息子も私も、アメリカン・コッカ・スパニエルがひと目で気に入りました。ディズニーのレディーがまだ通用する頃です(ただ三カ月位の仔犬は、まだレディーの面影を宿しているとは言いがたいのですが)。

タロと名付けました。息子はタロに夢中でしたが、夫はこれがレディーと言いたげ、しかもタロは、一カ月近く、ワンとも鳴かず、私も心配になって来ましたが、ある日、玄関の来客の気配にかすれた声でワンと鳴き、それから、ワンワンワンと必要な時元気に鳴くようになり、ちょっとした芸もすぐ覚えるようになりました。
夕刊も取って来るようになり、新聞屋さんが、階段を上がって来ると、玄関で待ち構え、すぐにくわえて持って来ます。

配達の人も、新聞を入れると同時に取るので、不思議に思ったのでしょうか、ある日、ちょっと入れて、すぐ引き上げ、すっぽかされたタロは、ワンワン鳴き、そうだったのかと納得したのでしょう、すぐ入れ直し、タロは得たりとばかりに、新聞をくわえて、走って、夫の処に持って行ったのでした。

仔犬の頃から印象的なことは、自分から私達家族の一員だと思い込んでいる、それを知ってもらいたいといつも主張しているように、常に私達の傍にいることで、車を持つようになって、休日家族で出かける時は、タロも連れて行くことが多かったのですが、ある時、留守番をさせて、帰って来たら、タロが道に面した部屋の窓から見下ろしています。

アレ・・・?どうやって入ったのだろう。
子供部屋で、半分木製の、引き戸のような頑丈な唐紙がしまっています。開けることができるはずがない。
ビックリしました。紙の部分を破って、中に入ったのです。
夫も息子も、既にタロには大甘で、いいさ、どうせ直したって、また破るから、ここから出入りさせれば、などとケロッとしている始末。
それにしてもタロは、あの部屋のあそこの窓際に行けば、私達が帰って来る姿が見える、そう確信して、苦労してそこまで到達したわけです。

イタズラと言うと、コインを、絨毯の下に貯金していることをある日見つけました。
悪いことをしたと分かっている時は、文字通りしおらしくうなだれています。
でも最近になっておかしいと思っていることは、ウチは小銭をどこか、例えばテーブルの上に置いたままにしたりしないことです。
財布を置きっ放しにする者もいません。

たまたまタロが口にくわえた何かを絨毯の下に押し込む現場を見つけ、めくってみて、ウワーと声を挙げて驚いたのですが、その時はウチのどこかに置いてあったのだろう位にしか思わなかったのですが、まさか財布を開けるはずもないし・・・
まあ、長い年月を?かけて、コツコツと貯金したということになるのでしょうか。

明るく、活発な、ちょっと甘ったれっ子、かなりやきもち焼きで、サクラや青太達だけでなく、京都の骨董店で求めた京人形を次郎丸と名付け、時折名前を呼んだりすると、すぐ走って行って、次郎丸にワンワン吠えるのには、いささか呆れました。

でもタロがそんな風に自分の感情を無邪気にあらわにしていたのは、私達の生活も、特に問題なく、フツーに順調だったからで、それが、今でも大きな不幸と思っている、身内が海外で事故に遭い、亡くなったことが、その後も長く癒しようのない翳りを齎しました。

元々病気がちだった母がその不幸で決定的に病んで入院し、一人残された、父の世話に、遠路を度々通ったのですが、息子の成長に合わせて、英語教室の仕事から翻訳業を志し、下訳の仕事を多くこなして、漸く一本立ちに至る道を歩み始めた、それを諦めたくなかった、そうしたことが、決定的な無理となり、母が退院した、文字通り翌日、私が倒れ、一年近く病むことになったのです。

明るく無邪気だったタロは、性格が一変したように、静かになり、いつも私が伏せる床の裾に付き添い、私が目を覚ますと、枕元へ来て、ダイジョウブ?と言うように私の顔を覗き込みます。ほんとに心強く思いました。

(鬱陶しい病気の話がもう少し続くので、続きは次回といたします)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
思い出エッセイ〔498〕【ペットたちU】 思い出エッセイ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる