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zoom RSS 思い出エッセイ〔497〕映画雑記帳250「【フューリー】感想」

<<   作成日時 : 2014/12/12 04:34   >>

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 【フューリー:FURY】(ブラッド・ピット、シャイア・ラブーフ、ローガン・ラーマン、マイケル・ペーニャ、ジョン・バーンサル、監督:デヴィッド・エアー)。

戦車が主人公、それだけの予備知識?しかなく、と言って、戦車だけ見せるわけにいかないから、おそらく戦場シーンと組み合わせなのだろう、その程度しか思いつかず、評判になっているようだし、一カ月も映画を見ていないから、とりあえず見てみよう、そんな感じで、出かけました。

戦車に全く関心がないわけではなく、子供の頃読んだ、硫黄島の、玉砕に至る戦闘で、‘バロン西’こと、1932年ロサンジェルス・オリンピック馬術競技の金メダリスト、西竹一中佐(後大佐)は、自分の戦車に、戦死した、最も信頼していた部下の遺体をくくりつけて、敵軍に突入して行った、というエピソードをずっと忘れずにいたのですが、映画【硫黄島からの手紙】によると、西中佐は目を負傷して失明状態だったように描かれているので、上記のようなことは考えられないことになり、私が信じていたことは間違っていると言われてしまったような気分になりました。
(後で少し調べたところによると、西中佐の戦死の状況については、はっきり分かっていないというのが結論のようです)

いずれにしても、アリューシャン列島のアッツ島に始まった、玉砕と呼ばれた、戦闘員全員が死を覚悟して敵陣に突っ込むと言う、平和な世の中では想像もできない戦い方で若い人達が命を落とした、あの時代を忘れることはありません。

最初から脱線していますが、この映画は楽な気分で見て、結構面白かったので、思いついたことを書くと言う感じで書かせていただきたいと思います。

第二次大戦の、米独戦、1945年4月ですから、ドイツは決定的な負け戦となっている時です(1945年5月にドイツ降伏)。
そのためか、フューリーの戦闘は、散発的、偶発的であるような感じを受けました。と言って、出会う敵は、戦意を喪失しているわけではなく、寧ろ死に物狂いである場合の方が多い。

「フューリー」と言う名前は、戦車の砲身に明らかに手書きで書かれており、おそらく乗員がつけたニックネームと言う想定ではないかと思われます。

乗員は5名。
ウォーダディと呼ばれるドン・コリアー軍曹(ブラッド・ピット)が指揮をとり、4人の部下は、皆通称で呼ばれている。
バイブル(シャイア・ラブーフ)、ゴルド(マイケル・ペーニャ)、クーンアス(ジョン・バーンサル)、そして、一人戦死したために、送り込まれたのが18歳の新兵、ノーマン(ローガン・ラーマン)。
ノーマンは、戦車の経験どころか、タイプ事務を仕事としていて、戦争は全く未経験である。敵に銃を向けることもできない。

そんなノーマンが、コリアー軍曹に鍛えられながら、一人前の兵士になって行く姿が、もう一つのストーリーになっています。

小戦闘で敗れたドイツ兵が、手を挙げて、家族がいるから助けてくれと懇願しても、ウォーダディ軍曹は、ノーマンに射殺を命じる。撃つことができない彼を叱りつけて、軍曹がむりやり撃たせる。
捕虜にすべきところだと思うのですが、軍曹には全くそんな気はない。
【硫黄島からの手紙】で、捕虜になった日本兵が、敵の塹壕に着いた途端、撃ち殺される場面を思い出しました。

小さな町を占領して、一軒の家に入り、そこに住む二人の女性に、料理を用意させたり、ノーマンが一人と親密になる場面があります。
戦争と戦車だけの映画の彩りともなっているシーンですが、例えばそこがフランスだったらともかく、土壇場まで追い込まれている、ドイツの町、ドイツ人の女性、と言う設定で、最後和気あいあいと別れる場面、一方で民間人の家を砲撃で木端微塵にしているのに、不自然と言うか、信じられない気がしました。

隠れていたドイツ兵が現れるとか、女性に寝首をかかれるとか(品のない表現ですが)、勝者の余裕から生まれた、いささか不自然なエピソードとも感じました。
戦争を知らない、特に若い人は、寧ろ、好きな場面として挙げる人が多いのかも知れませんが。

散発的な戦闘に揺らぐような「フューリー」ではない、と言いたげな場面が続きますが、連合軍の進路にある、十字路を守る命令が下され、激戦の後。最後にはフューリーだけが残って、多くの敵兵に囲まれる。


戦争や戦車と直接関係のないことですが、この映画の始まりの時点から、アメリカの軍隊や兵士が、日本とかなり違うと言う印象を受けました。
具体的にどう、と言うのは難しいのですが、日本軍は、戦友と言う言葉が示す通りの、例えば隊が同じなら、仲間意識というものがあったと思うのですが、そういうものが感じられない。

演出の仕方にも拠ると思うのですが、フューリーと言う圧倒的に存在感のある戦車に対して、同乗している仲間、日本なら盟友とも言えるのではないかと思えるのに、素っ気ない空気しか感じられませんでした。人間があまり描かれていない、そんな感じを持ちました。
まあ、戦車が主役と言っていい映画ですから、そこまで気にしなくてもいいのかも知れませんが。

いずれにしても、戦争シーンは丁寧に描かれていて、肝心のフューリーも親近感さえ感じる、最初から最後まで一度も退屈することなく、楽しんで見たと言ってもいい、それだけでお勧めの充分な理由になるかも知れません。  (清水町ハナ)

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