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zoom RSS 思い出エッセイ〔494〕映画雑記帳249「【美女と野獣】感想」

<<   作成日時 : 2014/11/10 16:36   >>

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 【美女と野獣】(ヴァンサン・カッセル、レア・セドゥ、アンドレ・デュソリエ、監督:クリストフ・ガンフ)。

近場の映画館、何をやっているかしら、何気なくみて、【美女と野獣】と言うタイトルを目にした時、まず信じられない気がしたし、懐かしさがこみ上げました。
ごく個人的な、それもとりたてて書くほどのこともない事情なので、あとで少々触れることにします。
とにかくすぐ見に行くことを決めました。

フランス映画と言えば、私の父の時代から、語り継がれる名画も多く、隆盛だった時代も長かったのですが、この映画で久しぶりにフランス語を聞いたと感じ、更にフランスの現在の有名な人気俳優を挙げるように言われても、一人も思いつかない、寂しいことだと思います。
(小品を時々みる機会はありますが)

この映画も、1946年に戦後初めて製作されたフランス映画の、70年近く経た、ある種の言わばリバイバルであることも、その辺の事情を象徴しているように思われます。
(もっとも現在私自身は、限られた地域の数館の映画館にしかに行けないという制約があるので、全体事情を語れる状況にないのですが)


“美女と野獣”のストーリーと言えば、少々乱暴な言い方をすれば、美しい姫に対する王子が、蛙だったり、醜い容貌だったりして、最後は美しい王子の姿に戻る、メデタシ、メデタシ、と言う、ヨーロッパの童話や伝説によくあるモチーフに帰せられると言っていいかも知れません。
(もっともこの作品は、18世紀に書かれた短編小説の映画化で、上のモチーフも、その小説に基づいて以後広まったと言う記述も目にしたことを書き添えます)

子供は、その結果だけで満足するけど、大人は(と対比させるのも大人げない気がしますが)、そのモチーフの始まりと帰結に至る過程を知りたいと思う、とでも書いておきたいと思います。

物語は、非常に裕福な一族が、持ち船が、嵐で沈んでしまい、全てを失って、田舎に移り住み、その日暮らしとなるところから始まります。
父親(アンドレ・デュソリエ)が全ての財産を持っていたことになっていますが、数人の息子や娘は、もう成人しており、彼らは働かないのだろうかと言う素朴な疑問を持ちましたが(時代設定に拠るところもあるのでしょうが)。

末娘のベル(レア・セドゥ)は美しく気立てもやさしい。田舎の何もない貧しい暮らしも苦にしていない。

父親はある日、沈んだ船の一隻が見つかったと言う知らせに元の家に行くが、待ち受けていたのは、借金取りで、自身の手には何も残らなかった。
失意の中に帰宅する途中、道に迷い、大きな古城に入り込む。
そこには、豪華な品々が満ちていた。
空腹のあまり、父親は、用意してあった食事を口にする。

彼は、ふと目にした一輪の赤い薔薇をベルのために持ち帰ろうと手にする。
その時城の主である野獣が、一番大事なものを盗んだことに激怒し、お前を殺す、一日だけ家族の元に帰ることを許すが、必ず戻って来ないと、家族皆を殺すと宣告する。
家へ帰った父親の話を聞いたベルは、翌日一人で森に入り、古城の野獣の元へ向かう。


大人向けの話と言っても、このストーリーを母親が子供達に話し聞かせる形がとられています。大人は大人なりに、子供は子供らしく、このお話を捉えたらいいということでしょう。

個人的な思い出話になりますが、1945年、日本は、太平洋戦争に負けて、無、ゼロからの出発と言うよりマイナスからの全てのやり直しという状況に陥ります。
そんな最悪の状態でも、個人は、その時の現況が一つでもよくなれば、大きな喜びと感じ、明日もがんばろう、と言う気分で日々を過ごしていたと思います。

私は、疎開先から、東京へ帰れるということが敗戦後初めての喜びでした。
東京で待っていたのは、食糧難他、今では考えられない困難の数々でしたが、特に苦しいとか大変とか思うこともなく、多くの親戚と仲よく日々を乗り越えて来ました。

戦後三年も経って、父が外地から復員し、大喜びしたのも束の間、何か月も経たず、父の再就職先関西へ行くことになったのには、非常に寂しい思いを持ちましたが、それも新しい環境と人に慣れていったと思います。
そして、50何倍の倍率で当たった県営住宅が、掘立小屋と言うと言い過ぎかも知れませんが、それまでの家と言う概念とはかけ離れた、新築というだけが取り柄の文字通り吹けば飛ぶような家だったことも、一旦は驚いても、すぐ、住めば我が家となりました。

転校先の中学で、何か月も経たない、まだ親しい友達もいない頃でしたが、ある新任の先生が、最初の時間に、挨拶代りに映画の話をされ、その話で一時間終わってしまいました。
この時のお話がその後私を本格的な映画好きにするキッカケになったと思っています。

先生は、まず、この映画を見たか、あれは、これは、と聞かれ、誰もみていないことに呆れられたのですが、そうした映画は私達の街にはやって来ず、神戸へ行かないと見られないという事情をご存知なかったと思われます。

それはともかく、最近見た映画でよかったのは、「ルイ・ブラス」と「美女と野獣」と言われ、特に「ルイ・ブラス」について詳しく話されたのですが、私は、「美女と野獣」を機会があれば見てみたいと思いました。
しかし、そんな機会のないまま、数十年が過ぎ、こんな年になってしまって、近場の映画館、何をやっているかしらと、ふと思いついて、しらべてみたら、【美女と野獣】と言うタイトルが飛び込んで来たというわけです。
信じられない、勝手にそんな思いが沸き上がった理由です。

ミュージカルにもなったようですが、私の「美女と野獣」は、あくまで中学生の時の思い出と共にある、結局みることのできなかった映画で、因縁めいた思いも感じ、これは見なければならない、そう思ってすぐ実行に移したわけです。
昔の作品は見ていないのですが、当時の監督、ジャン・コクトー、主演のジャン・マレーは、その頃から日本でも文字通り絶大な人気を持つようになりました。

それから数年経って、映画に関心がないと言う友人と、タイトルを忘れてしまったのですが、ジャン・マレー主演の映画を見に行った時、彼女曰く、ジャン・マレーって、どんな素敵な人かと思ったら、あんな赤鬼みたいな人、どこがいいの、と言われて、私は、言葉も出ず、ポカン。
確かに容貌は衰えたでしょうけど、赤鬼はないでしょう、でもちょっとそういう感じはあるかな・・・
コクトーは、美しい人だから彼を愛したのでしょうし。

主題の映画からすっかり離れてしまいましたが、昔の作品を意識し過ぎたのかどうか、不要なプロットが加わっているように感じ、もっとスッキリ一本の筋を通した方がよかったのではと思いました。
‘美女と野獣’、それがテーマであり、内容の全てでもある、関係のない横道に逸れるのは、どうも、と思って、何十年も前の作品を意識していることの方が、ある種の妨げになっているかも知れないと思ってみたりもしているのですが。

素朴なストーリーに絢爛豪華なシーンもちりばめた、ちょっといただけない気もする、でもそこまで言うこともないかも、いずれにしても、これを書いている中に、私はこの「美女と野獣」に満足したという気分になりつつあります。
私にとっては、子供の時見たいと思っていた映画を漸く見ることができたという、満足感もプラスされたわけですから。 《清水町ハナ》

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