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zoom RSS 思い出エッセイ〔469〕映画雑記帳230「【かぐや姫の物語】感想」

<<   作成日時 : 2013/12/04 08:01   >>

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 【かぐや姫の物語】(声:朝倉あき、高良健吾、地井武男、宮本信子、高畑淳子、田畑智子、立川志の輔、上川隆也、伊集院光、宇崎竜童、中村七之助、橋爪功、朝丘雪路、仲代達矢、監督:高畑勲)。

子供の頃、大人達に話してもらったり、絵本で読み始めるようになった、お伽噺や昔話、童話の類い。その中で他の‘おはなし’とはちょっと異なった、大人っぽい感じのあるお話として、「竹取物語」を何回か読みました。
かぐや姫が馬車に乗って月へ向かう姿も記憶の中にあり、当時今で言うアニメとして作られたものがあったのか、挿絵の記憶か分からないのですが、その場面を思い浮かべる度に、かぐや姫の袖を捉えて引き止めたいような、かなしみの気持ちが湧きました。
「竹取物語」には、他のおはなしとは少し違う、引きつけられるものがあった、それはそのすぐれた物語性に拠ると言えるかも知れません。

今は中学一年の教科書に載っている(勿論一部と思われますが)と今頃知りました。
戦後、小学校の教科書に墨を塗って消した世代で、古いものは全てダメということのように考えられたのか、古文は高校に入ってから学び始めました。

私のように遠い懐かしいお話として記憶しているのと、中一の教科書で習ったのとでは、同じ昔話でも、受けとめ方が異なる、記憶や思い出の姿が違うのでは、と言う感じがします。
この映画について、テレビの紹介で、「オリジナル・ストーリー」と言う言葉を使っていました。製作者の言葉と思われました。

映画【かぐや姫の物語】は、『竹取物語』を土台とした映画と考えられる、しかし私は自分の思い出の中のお話と、それを読んでいた頃の思いも軸の一つとして、感想と言うより、思い出すままに流し書きとして書かせていただきます。


昔、竹取の翁と呼ばれる、竹を取って、様々に使うことを仕事にしていた老人がいた。
ある日、根元が光る竹を見つけ、切ってみると、中に三寸(約10センチ)ばかりの小さな、しかし、非常に美しい女の子がいた。
かぐや姫の登場です。

『竹取物語』の始まりを簡単に書いてみました。
映画もほぼ同じ感じで始まります。強いて違いと言えば、原作が、竹の根元が光っているのに対して、映画は竹全体が光っている。

次の瞬間、映画では、地面からムクムク一本の筍が生え出し、その中から元気な赤ちゃんが出て来ます。
くどいようですが、既に生えている筍ではなく、新たな筍が目の前で芽生え、どんどん成長してそこから女の子の赤ちゃんが生まれる、地中から生まれた、最初の竹の中にいた女の子の生まれ変わり、それも生まれはこの世(と言う言い方もヘンですが)、地球上と言っているようでもあります。
竹取の翁(声:地井武男)は赤ちゃんを連れ帰る。

その赤ちゃんがまたコロコロとよく肥って、可愛いけど、元気いっぱい、男の子にも見える。
翁が連れ帰った赤ちゃんを見て、子供のいない媼、おばあさん(声と語り:宮本信子)は大喜び。自分達に育てさせるべく授かった子と思う。
何と不思議なことに、急におばあさんのお乳が張って、おっぱいが出るようになり、赤ちゃんに含ませる。いささか生々しくも感じるシーンです。
何故か私は一瞬、聖母マリア懐胎を思い浮かべました。

田舎の、決して豊かとは言えない、質素な暮しだが、自然に恵まれた環境で、かぐや姫は、タケノコ(声:朝倉あき)と言う名で呼ばれ、野生の動物や虫、草木、身の周りの全てを友とし、村の子供達とも遊び戯れ、日々成長する。中でも年上の少年、捨丸(声:高良健吾)は、タケノコの庇護者のような役割で、世話をし、困った時には助け、タケノコにとって忘れられない存在となる。

タケノコが赤ちゃんから成長して行く日々の描写は、私達が忘れてしまった、自然や生き物、今は忘れられた昔のことが、抑えた色調で(そのため却って自然に近く見える)、ほんとに活き活きと繰り広げられ、懐かしさに満ち、今でも目に浮かぶほどです。
(因みに原作では、かぐや姫は、三ヶ月余で成長します)。

ある日、翁は、金銀財宝の類いが次々に湧き出る竹を見つけ、一躍金持ちになり、都へ出て、大きな邸に住み、高い位の身分までお金で買ったようです。
タケノコも美しく成長し、かぐや姫として、屋敷の奥深くに住み、侍女もつけられる。

かぐや姫の類い希な美貌は都中に知れ渡り、男性は全て、と言ってよく、姫をひと目見たいと願い、皇子や公家、高い身分にある者は姫と結婚したいと思う。
特に五人の者が是非にと名乗り出る。
かぐや姫は、五人それぞれに実現不可能な難題を出し、成功させた者に嫁ぐと言う。
この下りの捉え方は、プロット的には映画は、原作とほぼ同じと思えました。
しかしかぐや姫の思いには、原作と映画では、異なりがあると描かれているように感じました。

月へ帰らなければならない身であるということ、それだけで、結婚そのものがあり得ないことである、その一事だけが、中心にある事実、かぐや姫の思いである原作に対して、映画は、タケノコとしての地上での日々が加わることによって、姫の、余人と結婚したくないと言う、別の強い思いも感じられます。

子供の頃かぐや姫を読んだ時、実は、物語のこの部分はあまり好きではありませんでした。どうして命も危ぶまれるような、危険なことをさせるのか、最初からできないと分かっていることをわざわざやらせないでも、きっぱり断ればいいのに、何故こんな意地悪をするのだろう、と子供心に単純に思ったのですが、実は、この部分は、このお話の、物語性の豊かさに繋がって来る部分でもあるわけです。遂には帝までかぐや姫を求めるという、かぐや姫にとって、決定的な難題を頂点に持って来るためにも。

難題のそれぞれが、平安時代の初期に、こんなに難しい、と言うか、荒唐無稽と言うか、しかも五つの問題がそれぞれ全く異なる、バラエティに富んでいる?現代でも通じる意外性もある、ことを思いつけるなんて、ということにまず感心させられます。
いずれも失敗して、偽物を持って来たりする結果の下り、この時代、高貴の身分とされる人達が、こういう嘘偽りを言うことに特に抵抗がなかったのかしら、などと妙な事が気になりましたが。

遂には帝から求婚される。断ることはできない。
このことが、かぐや姫が月に呼び戻される直接の理由になったとも言える。

私の記憶の中のかぐや姫は、粛々と定められた運命に従うように見えました。
映画の姫は、月に帰ることは避けられないにしても、残された日々、地上の生活や思い残したことを、激しい情念に突き動かされるように、それまでの深窓に閉じ篭っていた日々を取り返すかのように、靜から動の姿に変わる。この映像が見事で、例えば姫が憑かれたように風のように走る場面、見る者も後をおいかけてしまう。

桜の見事な巨木が画面いっぱいに映し出される。満開だが散り始めてもいる。
かぐや姫がそれまでに生きた地上の象徴のようでもあり、桜がかぐや姫のようでもある。

月からの迎えも近づいている。
そこで、姫は、捨丸に出会う。彼は、妻子を連れている。
妻や子に目もくれず、姫は捨丸を引っ張り上げる。
おそらく捨丸が、成人したかぐや姫と会うのは初めてのはず。子供の女の子の庇護者である、年上の男の子は、得てして、女の子の思いに気づかないし、特別な感情を持たない。
しかし、目の前のかぐや姫は、あの時のタケノコではない。
おそらく、ほんとに短い時間、かぐや姫と捨丸は心を通わせ、愛し合う。

この映画の、オリジナリティは、この場面に凝縮されているように、私は感じました。
かぐや姫が月に帰らなければならなくなったのは、帝に望まれたことより、捨丸への変わらぬ思いではなかったのか・・・

月からの迎えは、華やかで賑やか。私の頭に残っている、馬車でどんどん高みに上って行く、もう二度と戻ることはあり得ない、後ろを振り返ることもない去り方とは異なる。
天女の衣を纏えば、自然と体は空に向かうだけでなく、地上でのことも全て忘れ去ってしまう。
しかし、かぐや姫は、いつかまた、地上に戻って来ることがあるかも知れないと、チラと感じたのは、迎えの、ゴチャゴチャした賑やかさ(言い過ぎかも知れませんガ)や、親近感の所為でしょうか。

この映画が、『竹取物語』を映画化したものか、物語を土台にしたオリジナル・ストーリーか、どうでもよくなってきた気分です。
拙い文ですが、珍しく数日かかっても書き進めませんでした。
単純に、月へ向かうかぐや姫に感じたかなしみが、意外に自分の心や記憶に滲みついていたためかも知れません。もの悲しい思いが、暫くの間、この絢爛たる大作に結びつかなかったとも言えます。

確かに、かぐや姫が、折角地上に降りたのに、あっという間に絶世の美女となって、言い寄る者数知れず、何とか逃れたら、もう月へ帰る、そんな風に読んでみたら、あまり面白い話ではありません。平安初期に初めて書かれた物語文学としての価値ということで終わってしまいそうです。
私が感じた、忘れることのない哀しさは、『竹取物語』から汲みとった、全く個人的な感情で、映画に持ち込むこととは関係ないものです。

【かぐや姫の物語】として、この映画は、その規模でも、美しさでも、新たな物語としても、長く残るように思えます。ただ見る人の思いは様々だと思いますが。  《清水町ハナ》

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