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zoom RSS 思い出エッセイ〔465〕「10月のある日(2)」

<<   作成日時 : 2013/10/30 21:20   >>

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 「‘M資金’と映画のことなど」

時折は、映画を見ても感想ブログを書かないことがありましたが、ここのところ2、3本続いて書いていません。
理由はよくなかった、面白くなかった、そのことをわざわざ書く必要はないと思っています。ある映画をいいと思うかそうでないか、人それぞれですから。
今回はちょっとケースが違うので、雑文の形の1文を書いてみようと思います。
【人類資金】についてです。

M資金をテーマとした映画ということは知っていました。
主人公が詐欺師であるということから、M資金について詳しいことが明かされた上で大きな犯罪がスピーディーに描かれる映画かなというようなことを思っていました。

私の世代やもう少し下の世代まで、M資金と聞けば、実体がないのに、多くの人がだまされる、大金を失う、それもれっきとした人や会社などの組織がひっかかる、そのことがゴシップ記事として何回も報道されている、それなのに、また繰り返される、そういう認識で、プラスの印象は一切ないと言ってもいいと思います。

だまされた人が(事実かどうか分からないわけですが)私はこうやって騙されたと明かしたという記事も読んだことがありません。
事実ではないのか、それを明かすことができない経緯があるのかどうか。
名前が挙がった人に高名な俳優もいれば、友人の友人というような人も書かれていてビックリしたこともあります。

「人類資金」というある意味分かりやすいタイトルも、M資金がらみということでは、見るまでは一体どういう意味で使われているのか見当がつきませんでした。
つまり私にはこの映画の展開、終盤は受け容れられない、それほど決定的にM資金にマイナス・イメージを持っていたわけです。

M資金に繋がる正体不明の大金(あるとしたら)については、推測が書かれたことがあります。
山下奉文大将に関わる‘山下財宝’などと呼ばれる、軍資金をフィリピンのどこかに埋めたと言う類いのもの。あちこち掘られたなどと言う話も聞きましたが、少々でも掘り当てたと言うことを聞いたことがありません。見つけてもオープンにならなかったのかも知れませんが。

この山下(軍資金)については、結構息長く思い出したように聞くことがあったのは、マッカーサー元帥がらみで語られることが多かったからではないかと思います。
マッカーサーは、開戦時フィリピンに駐在していて、本間雅晴中将率いる第14軍に破れ、オーストラリアに逃れ、そこで有名な“I shall return.”と言うセリフを吐いたと言われます。
本間中将に敗れたと言う不名誉の仕返しとも言われますが、敗戦の翌年、1946年の4月と言う早い時期に、戦って勝てなかったということ以外理由がないと思える、本間中将を処刑し(山下大将は同年2月)、その事実について山下(軍資金)との関わりが語られたこともあります。

マッカーサーの父親はフィリピン総督を務めたことがあり、総督の権力は絶大なので、あらゆることを知り得る立場にあったと言えます。
父親は駐日米大使を務めていたこともあり、その当時マッカーサーは陸軍武官を務めていたそうで、早い時期から日本、フィリピンなどの事情に通じていたというわけです。

それでいて、開戦後、日本人は遅れているから、飛行機の操縦などできるはずがない、パイロットはドイツ人だろうなどと言ったと言われ(以前に既述)、徹底的な人種差別主義者であったことがうかがわれます。

軍資金との関わりとは別に語られたこともあり、それは例えば現地で軍票を発行し、その額に見合う金塊があったというようなことです。これも尻切れトンボの情報で、その後どうしたという話を聞きません。

上記のようなことは活字で見たことですが、根拠が記されていたわけではなく、また敗戦後に分かったとされることですから、敗者である日本や日本人が関われることではありません。
またある時期以後M資金と言う言葉を殆ど聞かなくなりました。
この映画で久しぶりにこの言葉を聞いたことになります。

映画は、陸軍大尉が、東京湾に多くの金塊を沈める場面から始まり(これは実際にあったこととされているようです)、M資金には当時の日本軍が関与しているという基本設定にしていますが、2014年と言う時代設定で、M資金に関わる組織もあるとされていて、バリバリ現代、それが却って現実感が遠のいていると言う感じを抱かせました。
大尉は、軍服を着て参謀憲章をつけているので(大尉の参謀がいただろうかとちょっと調べてみましたが、分かりませんでした。一般に佐官級ではなかったかと思います)敗戦前ということになります。

因みにWikipediaで「M資金」を検索してみると、「M資金とは、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領下の日本で接収した財産などを基に、現在も極秘に運用されていると噂される秘密資金である」と言う定義が最初に書かれています。
私が知っているゴシップ記事は、日本や日本人が関われることではないと書きましたが、それよりはっきりと、資金(あるとすれば)の最初の所有者(或いは接収者)はGHQであると端的に書かれています。

更に最も興味を惹かれたことは、終戦時、日銀の地下金庫に大量の貴金属やダイヤモンドなどの軍需物資が保管されていたと言う事実が書かれていることです。勝手に流用されたケースもあるが、それをGHQとして押収したのが、経済科学局のウィリアム・フレデリック・マーカット少佐(後少将)で、M資金のMは、マーカット少佐の頭文字ともあります。

この押収基金は、戦後の復興・賠償などに当てられたが(流用など不透明な部分もある)、他の資金も加わり、「GHQの活動を通じて形成された資金を統合したものが“M資金”である」(簡単に言えば、GHQ、他(キーナン資金、四谷資金など)の関係者が日本で接収したもの)と結論づけられています。

つまり、資金の大半はアメリカ側にある(あった)ことになりますが、その基になった、日銀の地下金庫の貴金属や宝石類及び別途接収された資金は、日本と日本人の所有物です。
戦時中、貴金属、宝石類の供出令が出され、全家庭が、指輪などの宝飾品を供出したのです。
小学校(国民学校)の集団疎開が始まる前で、昭和18年(1943)だと思いましたが、調べてみると、同年の8月とありました。

この供出令は、各家庭に、ちょっとした騒ぎと言うか、動揺を招いたことで、母がいくつかの指輪などを並べて、おば達と深刻な表情で話していたことを記憶しています。
これは惜しいけどなどとそんな感じの言葉が交わされていました。
戦時中に指輪を嵌める女性などいなかったので、私は母が宝石類を持っているかどうか知らなかったし、関心もありませんでした。

全て供出ということだったと思われますし、結局母がどんな宝石を持っていたか、知らないままで、その後空襲に遭ったので、どっちにしても失われる運命だったわけです。

供出の徹底は、例えば金属について、銅像類が全て供出させられた事実でも分かることです。
皇居前の楠正成像を唯一の例外として、万世橋の廣瀬中佐像もなくなり、おそらく溶かされて、武器になってしまったのでしょう。

海軍の軍神廣瀬中佐に対して、陸軍の軍神橘中佐の銅像は雲仙市にあり、以前そこを訪れた時知ったのか、それより以前に聞いたのか、はっきり覚えていないのですが、供出を免れるため、土中に埋めたと聞かされ、非常に大きい銅像で、そんなことをして、よく見つからなかったものと思いながらも、今の今まで信じていたのですが、地域の人の嘆願により供出を免れたと言う記事があり、この方が現実味があるように思われます。

廣瀬中佐は、杉野やいずこ、のエピソードや歌でも知られ、ボートに乗り移ろうとした瞬間に砲丸が当たって戦死したということや、ロシアに滞在していた時のことなど、特に昔は広く知られた存在でしたが、橘中佐については、日露戦争で戦死したことしか知られておらず、それにしては、大きな銅像、神社の鳥居も非常に大きく、供出を免れたとすれば何故と思えるのですが、皇族の関係者だったとか、それが理由かも知れません。

供出令の厳しさが分かる例として書いてみました。

地下金庫に眠っていた貴金属、宝石類は、本来の持ち主に返されるべきもので、いずれにしても日本に所有権があることは確かと思われます。
アメリカ側に一部、或いは相当な部分渡っているとしたら、そしてそれがM資金であるとしたら、M資金の実体が見えないのもさもありなんと言うことになるでしょうか。

調べている中にM資金の正体も少し分かって来た感じで、と言って、実体の分かりにくい資金が存在するからこそ、それを騙った詐欺などが横行する(した)と結論づけられそうです。

戦争と敗戦が大きく関わって来ることと思え、私が映画に違和感を持ったのもそれが理由かも知れません。
M資金と言いながら、分かり難いことが多いので、映画は説明セリフが多く、聞いている中に前のを忘れてしまう、聞く気がなくなる、ちょっと眠くなる、え、いつの間に人類資金にすることになったの、そういう資格がないと言ったら言い過ぎかも知れないけど、殆どの人がM資金詐欺やそれに等しいことに関わっているのに、国連本部を本当に使って、立派なスピーチをするのも、如何なものか。森本未来の英語のスピーチは、ネイティブでもあそこまで堂々とできないのではと思える程だったけど。
まあ、人類資金とするのも、金融市場を動かすための一つの手段と考えれば、いいのだけど、国連の会場を貸してもらうことにはどうも賛成できない・・・
途中から話が面白くなくなってしまったとも思うのです。

アクションも相当と思ったし、例えば東京の地下を逃げるシーンなども新鮮味がある、森本未来は、役になり切って、アクションもそしてスピーチも、一番の活躍ぶりだったし、紅一点の観月ありさも存在感がありながら、溶け込んでいました。
超のつく、錚々たる顔触れも楽しめました。

私自身が、戦争も戦後も、その後の繁栄も知っていると言う妙な世代に属しているから、たった一人、ある種の違和感、入り込めなさ、を感じたのかも知れない、若い人は、M資金など単なる記号と思って、楽しめたのかも知れない、また事情を知るだけでもプラスになるだろう、だからあれこれ拘ってしまった一人の観客としては、映画の感想は書かず、M資金とそれを巡る雑文としました。  《清水町ハナ》

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