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zoom RSS 思い出エッセイ〔459〕映画雑記帳225「【クロワッサンで朝食を】感想」

<<   作成日時 : 2013/09/05 12:12   >>

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 【クロワッサンで朝食を】(ジャンヌ・モロー、ライネ・マギ、パトリック・ピノー、監督:イルマル・ラーグ)。フランス、エストニア、ベルギーの合作映画です。堪能しました。

前回、朝一回だけ上映している、【アンコール】について書きましたが、この映画も、早朝1回だけ上映していることを知りました。映画館は異なり、二三日前に一番席の多いスクリーンに変わったので、行ってみることにしました。

驚いたのは、観客の多さです。9割近かったのではと思います。中高年が殆どで若い人もチラホラ、全員女性、と言うのも初めて、と思ったら、二三人の男性が入って来られました。

原題は、フランス語で、「パリのエストニア人」(女性名詞)、英語で“A Lady in Paris”。
素っ気ない、と言うより、これでタイトルになるのが不思議、と言うのが、今回だけでなく、時々思うことです。【巴里のアメリカ人】と言うのもありましたが。
例えば、「ドイツのトルコ人」と言えば、ある種のイメージが浮かびますが、パリのエストニア人、と言われても、フランス人やパリに住む人にとって、何かイメージが浮かぶのだろうか、失礼ながら、例えば田舎者、とか・・・などと考えてみたのですが、英語のタイトルは更にどうでもいい、と言うような感じさえします(womanではなくladyであることが意味があるのかも知れませんが。主役のアンヌはまさにladyなので)。
(〔追記1〕上記について、「パリのエストニア人」はアンヌではなく、フリーダを指すと考えられる、従って、仏語、英語のタイトル共に妥当なタイトルと言える、と考えが変わりました)

欧米の映画のタイトルは、無味乾燥と言う感じのものも多いように感じるけど、と言って、油断していると、ひと言に決定的な意味があったりする。
ダラダラとあまり意味のないことを書いてしまいましたが、『クロワッサンで朝食を』と言うのは気の効いたタイトルだと思いました。

まずはエストニアと言う国について、バルト三国、旧ソ連との関係、などごく大雑把なことしか知らないので、基本的なことをざっと調べてみました。
面積が日本の8分の1弱であるのに対して(水面積率は5倍以上)、人口は僅か130万人余と言うのが一番印象に残りました(因みにシンガポールは541万人余)。しかし経済状況は良好でIT産業が発達している、観光大国でもある、こんなところです。


冬の夜、暗く、雪も凍てついて、他に通る人もいないのに、酔っ払いが主人公のアンヌ(ライネ・マギ)に絡む。取り合わないが、彼が寝込んでしまうと、名前を呼んで起こそうとする。知り合いであるらしい。
一台の車が通りかかり、男性が降りて来て、手伝いましょうかと声をかける。
だいじょうぶと言って、酔っ払いに肩を貸して、歩く。
車の男性は、心配そうにちょっと留まって、ゆっくり車を動かす。
日々の生活の雰囲気が伝わって来るような、印象的な冒頭です。

アパートも飾りっ気のない寒々とした感じ。
アンヌは中年過ぎのクールな美人だが、ちょっとした動作や表情にふと老いが感じられる時もある。
老人施設で仕事をしており、母を看取ったばかりである。

パリで、フランス語ができることが条件の、家政婦と言うか、老婦人の身の周りの世話係りの募集があり、それに応募していたが、採用するという電話がかかって来る。
よかったと思うが、不安もある。
娘に電話をかける。娘はよかったじゃない、丁度いい仕事、というようなことを言って、賛成する。
ワクワクした思いもあるが、娘が、中年期を過ぎて、外国に働きに出ると言う母親のことを何の心配もせず、アッケラカンと賛成することに、アンヌがふと寂しさを感じていると、観客の方が思ってしまう。

スーツケース一つ、身の周りのものだけを持って、アンヌは旅立つ。
空港には、この仕事の世話人のステファン(パトリック・ピノー)が迎えに来ていた。
アンヌは、学生時代、パリに憧れてフランス語を勉強した位なので、パリに着けば、まず凱旋門が目に入り、次にエッフェル塔、と、ああ、本当にパリに来たと実感する場面に、自分が初めてパリに行った時を重ね合わせてしまいました。

これから仕えることになる主人、フリーダ(ジャンヌ・モロー)は、高級アパルトマンに住み、贅沢な暮らしをしている。
アンヌが、玄関を入って、彼女の部屋に行くまで、ドキドキしてしまいました。どんなジャンヌ・モローが現れるのだろうと思って。
学生時代から、何度も見て来た大女優です。
ある時期から、老いが目立つと感じていました。女優ならもう少しケアをしたらとさえ思いました。
特に、マルグリット・デュラスを演じた時だと思います、こんなに老醜と言ってもいい位になってしまっては、見たくないとさえ思いました。それだけ贔屓にしていたのだと思います。

アンヌが部屋に入ると、ベッドに横になっていて、すぐに顔を向けたのだったかどうか忘れてしまいましたが、その表情は目に焼きつけられる程強烈、と言うと言い過ぎと言うか、当てはまらないと言うか、とにかく、自分の意志、感情のままに生きる老女の強さ、往年の美しさも感じさせて、安心しました。好き嫌いは別だと思いますが。

大きな真珠の長いネックレスを、5連?もつけていて、他にもジャラジャラ、それだけでも元気な証拠です。
フリーダはエストニア人である。アンヌがエストニア語で話しかけると、エストニア語は一切使うなと言う。
実際体がよく動かないのかと思ったら、どこでもしっかり歩ける。
しかし、ステファンは、ある鍵をフリーダに渡さないように言い、不審がるアンヌに、薬を大量に呑んで、自殺を図ろうとするからだと言う。

フリーダは、最初から、家政婦など頼んだ覚えはないと言い、アンヌは困惑するが、カフェを営むステファンになだめられて、朝食のクロワッサンなどを買って帰る。
しかし、翌朝の朝食、フリーダは、こんなスーパーで買った、セルロイド(だったかしら)みたいなクロワッサンは食べられない、クロワッサンはパン屋で買うものだと、口をつけない。勿論アンヌは次の日からパン屋で買ったクロワッサンを出す。
(日本だと、どこそこのパン屋のクロワッサンでないと食べないと言うことになりそうですが)

次第にアンヌも慣れ、フリーダも少しずつアンヌを受け容れ始める。
ある日、お洒落をして、ステファンのカフェに行ってみようということになる。

よそ行きの装いをしたアンヌが素敵でした。
ヨーロッパのお洒落な女性は、スカーフやマフラーを、思い切った使い方をして、個性を出すと言う印象を持っていますが、以前教えた二人のイタリア人の学生が、スカーフの巻き方などと言うのではなく、服の一部のようなあしらい方をして、感心したものですが、アンヌは、どちらかと言えば、オーソドックスな使い方をしているのに、神経が行き届いているという感じです。

しかし、フリーダは、コートがよくないから、自分のをあげると、クローゼットから出したのが、バーバリーです。
アンヌが着ていたのは、ソフトな感じのもので、とてもよく似合っていたと思うのですが、フリーダが何故、お出かけ向きではなく、仕事着とも言えるバーバリーを勧めたのか、気になる場面です。

【クレイマー、クレイマー】で、ダスティン・ホフマンが、部長(だったと思いますガ)に昇進したから、バーバリーのコートを買おうかと言う場面があるのを、ご記憶かと思いますが、ウチも似たような世代で、(部長になったからではないのですが)、そろそろバーバリーのコートでもと夫に勧めて、丸善まで買いに行ったことを思い出しました(スノッブもいいところと言われそうですが)。

しかし、長い間、そういうステイタスだったものが、一時だと思いますが、フーリガンご愛用となって、ヨーロッパでは、ステイタスが変わったとか、また日本だけなのか、高校生ご愛用の時期もあったようです(コートと言うよりマフラーだと思いますが)。
その頃にはウチも着るものにあまり関心がなくなって、コロンボよろしく、ヨレヨレでも何でもよくなってしまっていたのですが、シャネルなど着ているフリーダが、すぐ手に届くところにバーバリーを置いている、つまり日常的に着ている、愛用している、ということだと思うのですが、パーティーに着て行くというものではなし、このタイミングで、アンヌにバーバリーを着せることに、今でもどういうことだろうと気になっています。

それはともかく、せっかくカフェに出かけて、ステファンや常連客も驚き、歓迎したのに、嘗てフリーダと恋愛関係にあった、今もその続きで、と言うと、ヘンですが、フリーダのことを世話をするのは、当然と思っているらしい、或いは義務感もあるのか、彼女の生活を仕切っているとも言えるステファンが、(だからと言って)フリーダにかかり切りになることはできないと言うようなことを言って、フリーダは怒って帰ってしまう。
後の方で、自分は、フリーダにカフェを出してもらった、(だからと言ってその義理でフリーダのことをやっているのではない)というようなことをアンヌに語る場面があります。

アンヌにはすっかり心を許すようになったと見えたが、ある日、長く会っていなかった、エストニア人の友人達が訪ねて来た。
フリーダは大喜びする。ところが、アンヌが来てくれるように声をかけたと知って、フリーダの怒りは爆発する。
アンヌがパリに来て間もなく、エストニア人が集まる教会と思って、行ってみたら、名前だけで、エストニア人は来ないと聞かされるが、何人かのエストニア人と知り合うきっかけになっていたのだ。フリーダによかれと思ってしたことだが、自尊心を決定的に傷つけてしまった。
出て行け、みたいなことを言われ、今度ばかりは、アンヌも切れて、エストニアに帰ろうと空港に向かうが。


最初から最後まで映画に浸り込みました。手で丁寧に布を織り、やがて一つのデザインが織り上がるような感じがありました。

全て、自分の言う通りにする、させる、我が儘放題、圧倒的な存在感を持つ、フリーダ、ジャンヌ・モローが主役の観さえありますが、暫く経つと、彼女の我が儘、固い意志とさえ見える言動が、全て、ステファンに、アンヌの登場後は彼女に支えられていることに気づかされます。
(〔追記2〕上記、〔追記1〕に従うと、フリーダ、ジャンヌ・モローが主役と考えるのが妥当と思われますが、アンヌ主役もあきらめ難く、二人とも主役、と考えたいと思います)

冷静に忍耐強くフリーダの言う通りにしているように見えて、実は自分のペースに徐々にフリーダを引き込んで行く、それを早まって、決定的にフリーダを怒らせてしまう失敗もあるが、実はフリーダも、意識せず、一旦は憤ったが、アンヌが自分のためを思ってしたことと間もなく知る、そこまで読んでいるとまでは言いませんが、筋道は感じとっている、アンヌはあくまでクールなのです。大人でもあります。
また憧れのパリに来られて、老婦人に気分よく時を過ごさせれば、次第にパリで、自分の思うような人生を送れるようになる、少々遅かったけど。

そういう意味ではステファンも、義理もあるが、フリーダを看取ることが自分の為すべきことと思っている。いつまでも恋人気分のフリーダに、彼女のためだけの生活ではない、と言って、怒らせても、フリーダは自分なしではやっていけないと、ある種の自信を持っている。
ステファンとアンヌが交わす、ごく短い会話で、似た者同士と言うか、お互い理解し合えると、感じとったことが分かります。

【アンコール】と対照的な作品と、最初思いましたが、本質的に同じかも知れないと思い直しています。
 
地で演じたのではとも思ってしまう、ジャンヌ・モローは、85歳になって、新たな女優像を意識して創り上げたのかも知れません。
ステファン、好演だけど、カフェの主人そのままの感じで、もうちょっと繊細さを感じさせるタイプだとよかったかも。

アンヌ役のエストニア人の女優、ライネ・マギ、クール・ビューティーなんて、死語でしょうけど、抑えた演技で、寡黙だけど、実は強い女性を演じて、真の主役でした。本当にきれいな人です。

映画が始まる前、地震がありました。9月4日の朝9時半前後です。
「東日本大震災」以来、映画館で地震に遭うのは初めてです。
不安を感じるような揺れではなかったけど、結構長く揺れて、廊下に出たものか迷っていました。すぐ出た方もいれば、座ったままの方も多かったし、立っている方も結構いました。
どの映画館か覚えていませんが、当時特に天井に被害を受けて、休館した所もあります。どこも暫く休館したと思いますが。
とにかく、映画館では、スクリーンがその時によって違うし、天井を見るのが習慣になっています。

更に上映中、激しい雨音が映画館の中でも聞こえて来ました。かなりの雨が降ったらしい跡がありました。
わが家の辺りは、最近各地で頻繁に起きている豪雨をあまり経験していなかったのが、昨夜から急に雷、豪雨となり、朝になって、ベランダの排水溝に続く溝が遮られていて、あっと言う間にベランダの水かさが増し、ヘタをしたら、室内に入りかねない高さになり、大慌てしました。

一晩中、雷が響く中、そして豪雨、あわや、マンションの上の階で浸水?という状況で、この映画を見て、最初に抱いた印象が、ぶれてしまったかも知れません。
朝一の見応えのある映画、大歓迎です。  《清水町ハナ》

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映画「クロワッサンで朝食を」ラストはちょっと甘いけど、見どころアリ
映画「クロワッサンで朝食を」★★★☆ ジャンヌ・モロー、ルイ・マル、 フランソワ・トリュフォー、オーソン・ウェルズ、 ルイス・ブニュエル出演 ...続きを見る
soramove
2013/09/08 16:57

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