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zoom RSS 思い出エッセイ〔455〕映画雑記帳222「【終戦のエンペラー】感想など」

<<   作成日時 : 2013/08/03 09:07   >>

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 【終戦のエンペラー】(マシュー・フォックス、トミー・リー・ジョーンズ、初音映莉子、西田敏行、羽田昌義、火野正平、中村雅俊、夏八木勲、桃井かおり、伊武雅刀、片岡孝太郎、監督:ピーター・ウェーバー)。原題は、ひと言“EMPEROR”。

この映画の主役、終戦時の占領軍情報将校で、マッカーサー元帥の副官(とあったと思うのですが、准将が副官と言うのも、疑問があり、それ程身近でアシストしていたということかも知れません)、ボナー・フェラーズ准将と言う人を知りませんでした。
そのため、ストーリーの主たる部分が、フェラーズの意向のままに進んで行くことに、半信半疑の思いが付きまとって、映画が終わっても、もっとあっと驚くような事実、情報が得られるのではと言う期待に肩透かしをくらったような気分が残りました。

帰宅して、調べてみると、フェラーズは、映画に描かれている通り、当時を思うと、信じられない程の親日家であり、連合国、占領軍、特にマッカーサー元帥の敗戦日本に対する種々の方針に決定的な役割を担っていたらしいことが分かり、もう少し素直に映画を見ればよかったと、後悔の念のような思いを持ちました。

敗戦時、小学生だったとは言え、当時のことは鮮明に覚えています。連合国軍最高司令官マッカーサー元帥が全てと思っていました。朝鮮戦争中にマッカーサーが罷免されて、そう言えば、彼の上に大統領がいたのだと気づいたという感じです。

映画を見ながら、思い出すことも多く、斜に構えて見てしまった分、当時の状況、事情も交えながらの、文字通りの感想とします。
(余計な情報なしに、この映画をスッキリとご覧になりたい方はパスなさってください)


エノラ・ゲイがテニアン島を飛び立ち、ヒロシマに向い、原爆投下、キノコ雲が画面に広がる。一気に日本が敗戦に向うシーンが冒頭です。

ダグラス・マッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)が、コーンパイプをくわえ、武器も携行せず、悠然と飛行機から降りる。
その後数年間、彼が文字通り日本のトップに立つわけです。

マッカーサーは、長身で姿もよく、容姿だけでも、並みでない存在感、オーラを感じさせる人でした。
俳優が演じるとしたら、誰が適役・・・旧い人を中心に思い浮かべてみましたが、この人なら、と言う人は思いつきませんでした。
嘗て、グレゴリー・ペックが演じたことがあるようですが、彼は、貫禄は充分でも、優しく謙虚な人間性が表情に滲み出ているような俳優でした。

トミー・リー・ジョーンズ、いいかも知れない、そう思いましたが、飛行機の中で、どういうスタイルで、飛行機を降り立つか、あれこれ、庶民的な感じで話している姿が、スクリーンでの最初のお目見えで、あー、やっぱりちょっと(実はかなり)印象が違うかなと思いました。

ジョーンズは、名優ですが(特に【告発のとき】などは秀作でした)、‘宇宙人’をやり過ぎて、すっかりお馴染みになってしまった、日本好きとも聞いている、敗者日本人に対して、常にすっくと背を伸ばして、辺りを睥睨するタイプも、マッカーサーそのものも、あまり演じたくないと思っていたのではないか、という感じさえしました。それはそれで、ジョーンズのマッカーサーということかも知れません。

第一、直接マッカーサーに接する機会のあった人はともかく、普通の日本国民は、殆ど彼が何かを話す肉声を聞いたことがないと思います。
写真は、新聞などで、イヤと言う程見ましたし、当時ニュース映画だけを上映する映画館があって、30分前後のニュース映像を、竹脇昌作氏のたたみかけるような早口、低音のナレーションと共に見ることができ、それには時々登場しました。それも、はっきりした記憶ではないのですが、何かを話す、発声することはなかったと思います。
声を聞いたこともないのに、ジョーンズ氏の話し方が違うと言うのは、不当なことですが、話したら、こんな感じで、話すという勝手な先入観があったのかも知れません。

それにしても、あっという間に、日本人がマッカーサーを、日本国のボスと認めてしまったのには、変わり身の速さに驚くばかりです。ついこの間まで、鬼畜米英などと言いながら、やられても、やられても、実に粘り強く抵抗して来たのに。

敗戦後1年半の、1947年2月1日には、何とゼネストが実施される予定だったのが、マッカーサーの命令により、中止となったのですが、当日、リーダー格の学校の先生が、朝礼で、「マッカーサー元帥(閣下)のご命令により、ゼネストは中止されることになりました」と言って、涙を拭う姿に、子供ながらに違和感を覚えた、と言うより、ポカーンとしていたと言う方が当たっているかも知れません。

GHQは、とにかく早く日本国民に民主主義を植え付けるべく、各分野で組合結成を助成し、短い期間にゼネストを打つまでに成果を挙げていたのです。

先へ行ってしまいましたが、映画に戻ります。
マッカーサーが着任してから、まずA級戦犯該当者を逮捕することを真っ先に始めるのですが、その場面で、「奴らは、死刑だ、絞首刑だ」と、米軍人達が、興奮した調子で言い交わす様子は、まさしく、勝てば官軍の姿をそのまま現したものであり、そこには正義の裁きが意識されていたとはとても思えませんでした。

まず東條大将。「こころ旅」の火野正平さんが演じているのには、さすがにびっくりしました。全国を、自分のペースで、自転車で廻っている姿の印象が強くて、東條と結びつかなかったのです。
東條大将は拳銃自殺を図るのですが、一命をとりとめます。

敗戦、その前に玉砕時など、多くの指揮官クラスが自決しています。数字を知っているわけではないので、正確なことは書けないのですが、割腹、介錯役がいない場合は、副官などが、拳銃でこめかみを撃つ、阿南陸相は、割腹後、副官(おそらく)の介錯申し出を断って、頚動脈を切ります。
直接戦闘と関係がなかった身近な知人は、青酸カリを常に携行していたと聞きました。

東條のように、拳銃で心臓を撃つと言うのは、少ない例かも知れません。こめかみか口中に撃てば、確実度が高いが、顔が見苦しくなると、心臓を選んだと言われていますが、念のためにかかりつけの医師に心臓に印をつけさせたと聞いたこともあります。
失敗したと言うよりも、何が何でも死なせない、と占領軍が必死の治療をした結果とも言われています。
「宮城事件」(後述)に関わり、拳銃自決を遂げた娘婿の少佐が用いた拳銃を使用したが、左利きであった東條大将は、左手で心臓を撃つのは難しいため右手で撃った。

自決後の容貌を気にすることについて、占領後は、遺体の写真が新聞に掲載されるようになり、例えば、東條大将より後のことですが、A級戦犯に指名されて、服毒自殺を遂げた、近衛文麿元首相の遺体の写真が翌日の新聞に掲載され、日本人はショックを受け、穏やかな死顔ではあったものの、布団に寝かされた遺体の写真を今でも覚えています。
東條の娘婿の少佐は、口中発射による自決だったが、損傷が大きかったことも考えに入れたと言われる。

小泉八雲に心酔し、日本の文化や日本人の考え方をよく知り、戦前、アメリカに留学していたアヤ(初音映莉子)と親しく付き合っていた、ボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)は、日本と日本人についての、言わばアドバイザー役として、マッカーサーの意向を受けて、動いていた。
戦犯となると、自決する者が出るから、とフェラーズは、拘束を急ぐ。

通訳兼運転手として、高橋(羽田昌義)が付くことになるが、フェラーズは、戦前、急に日本へ帰ってしまって以後連絡がとれないアヤの消息を調べることを高橋に頼む。

マッカーサーが彼に命じた、最も重要なことは、開戦の真の責任者は誰か、天皇が開戦に当たって演じた役割を突きとめることだった。

東條から示唆を受け、フェラーズは、まず近衛文麿元首相(中村雅俊)に会う。
近衛は、戦争回避のため、開戦3ヶ月前に米国に会談を申し入れたが、国務省に拒否された事実を語り、続けて、日本、日本人と言う敗者の、最も素朴な主張、疑問である、侵略と言われるが、例えば当時の東南アジア(各国)は、米英蘭の植民地であり、日本は、侵略したのではなく、交戦国の領土に踏み込むと言う、戦争行為をしたに過ぎない、欧米各国が繰り返して来た、同じことをしたのだ、と言う意味のことを述べる。
本当に近衛は、フェラーズにこのように言ったのか、知りたいところです。
もうひと言付け加えれば、日本は、東亜共栄圏の主張の通り、植民地下にある東南アジア地域の独立に力を尽くしました。

近衛文麿は、まさしく開戦の3ヶ月前頃より、ゾルゲ事件に巻き込まれており(尾崎秀実を自身のブレーンとすることを始まりとして)、近衛自身の真意、実像が分かりにくい面があるのですが。

天皇に最も近いところにいた者は、内大臣の木戸幸一(伊武雅刀)であると近衛に言われ、フェラーズは木戸に会おうとするが、スムーズには接触できない。

決定的な証言を得られず、業を煮やしたフェラーズは、許可を取り付け、宮城に乗り込み、宮内次官の関谷貞三郎(夏八木勲)に会うが、御前会議で、昭和天皇は、明治天皇の御製「四方の海 みなはらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」を詠んだという事実しか聞けない。
天皇の意向は充分分かるはずですが、日本文化研究家、親日家、であるはずのフェラーズには理解できない、決定的な証拠とはなり得ない。

一方、アヤの消息を尋ねていた高橋からは、彼女が、静岡で空襲に遭って、亡くなったらしいという報告が入る。

戦前、フェラーズは、来日して、アヤの伯父である、鹿島陸軍大将(西田敏行)に会って、自身の論文についての助言を受けたことがあった。
この鹿島との出会いの場面が、戦前か、戦後か、区別しがたい面があるのですが、西田敏行の堂々たる好演で、一つの見せ場となっています。

この映画は、敗戦直後の日本の様子を、よく再現していると思うのですが、気になる点もあります。
フェラーズが、赴任直後に、新橋辺りのガード下と思われる、食堂に入って、うどんや日本酒を注文する場面、闇市は結構早くから出現していましたが、これはムリと思えました。

鹿島大将の、結構大きな家で、床の間の隣の違い棚が、本立て?に利用されていること、そういう使い方をする人もいたでしょうけど・・・
戦後、アヤの死を知って、再び鹿島の家を訪れ、仏壇と言うか、写真などが飾られた「祭壇」様のテーブルにおまいりをするのですが、その時、鹿島と交わす言葉、戦争中、自分の任地は、と言いかける、鹿島に、「知っている、サイパンと沖縄だ」とフェラーズが言う。

これは、考えられない設定です。サイパンも沖縄も、激戦地であり、サイパンは玉砕、沖縄戦は書くまでもない結果です。司令官の名前は知られており、自決しています。
鹿島は、戦前既に大将であり(硫黄島の栗林中将、沖縄の牛島中将は戦死後、大将に昇進)、仮定としても、任地にこの両地の名を挙げること自体が残念に思えました。
もしサイパンと沖縄が任地であったら、戦後悠々とはしていられないでしょう。
(鹿島大将とのエピソード自体がフィクションだと思いますけど)

途中からムキになってしまって、映画のゆったりとした雰囲気をこわしてしまった感じですが・・・

映画の広告に、「天皇さえ命を狙われた」という一文がありましたが、これは所謂「宮城事件」を指しているようです。
ずっと以前に、【日本のいちばん長い日】として、映画化されていますし、NHKの特集番組などで、当時近衛兵だった人達のインタビューをとった番組があったと記憶していますが、降伏することが決まって、天皇の玉音放送が流されることを阻止しようとした、主戦派の、陸軍省幕僚と近衛師団参謀が、兵を率いて、近衛第一師団長を射殺、宮城内になだれ込んで、玉音放送の録音盤を奪取しようとした、言わば、宮城に侵入し、天皇に逆らう、と言う、例のないクーデターです。

この事件については、関係資料焼却と映画で述べられていたと思います。

結局フェラーズと会った、木戸が、この事件と玉音放送について語る。
昭和天皇が、全国民に向けて玉音放送を行ったことは、非常に、と言う言い方はおかしいのですが、正しい、欠くことのできないことだったと今更思わせられます。

そして、当時の日本国民に、あらためて、日本は負けたのだと痛感させた、天皇とマッカーサーの会見写真。
誰もが、茫然とこの写真を眺めたと思います。

礼装で、威儀を正し、直立不動の昭和天皇の横で、平服軍装、両手を腰にあてがって、姿勢を崩した姿のマッカーサー元帥。
おそらく、昭和天皇と公式に会見して、このような服装、態度をとった者は、マッカーサーが最初で最後でしょう。

多くの日本人が、会談も一方的なものと思ったはずです。
しかし、それは違った。その時、昭和天皇が何を述べたか、今は明らかになっていますが、当時から、長く、一般には、明らかにされませんでした。
マッカーサーが、天皇訴追せず、と決めたのは、この時とされています。

書き進む中に、トミー・リー・ジョーンズのマッカーサー元帥を歓迎する気分になりました。実際のマッカーサー元帥とソックリの俳優が出て来たら、もうウンザリしていたかも知れません。

マッカーサーは、ウエストポイント始まって以来の秀才と言われています。
父親が、駐日米大使館の武官であった時、副官を務め、東京に住んで、日露戦争も観ていた、と言う意外な事実を知りました。
当時から、人種差別主義者であり、太平洋戦争開戦後も、日本人に飛行機のパイロットが務まる筈がない、ドイツ人のパイロットだろう、と思っていた、そのように報告もしているということです(Wikipedia)。
既に零戦も完成していたと言うのに、呆れ果てる事実です。日露戦争のどこを見ていたのでしょうか。

戦争の初期、フィリピンで負けて、“I shall return,”と言って、オーストラリアに逃れた話は有名ですが、連合国軍最高司令官として、日本に戻れたことは、強運の持ち主と言えます。しかし、日本人に対する差別観は、更に助長されたかも知れません。
日本人12歳発言も、何十年経っても変化することのなかった人種差別観から湧き出た言葉ではないかとも考えられます。
マッカーサーにとっては、昭和天皇だけが、唯一尊敬に値する日本人だったのかも知れません。

日本の復興に力を尽くす、とこれも広告の惹句にありましたが、フェラーズはそう思っていたでしょうけど、マッカーサーは、自分の思い通りの改造、と言うより、ゼロ、または白紙に戻して・・・段々感情的になって来たので、この辺で止めます。

敗戦時小学生以上だった人口が1割以下となった現在、この映画の状況、風景を思い出の一部にでも留めている人は更にずっと少ないと思います。
忠実に当時を追っている、しかもボナー・フェラーズと言う、真の親日家を演じる、マシュー・フォックスは、感じもいいし、好演です。
また、フェラーズと、マッカーサー、GHQに対する当時の日本の要人達も冷静で、納得のいく対応をしている点も好感が持てました。
特に若い方にお勧めしたいと思います。  《清水町ハナ》

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映画「終戦のエンペラー」★★★☆ マシュー・フォックス、トミー・リー・ジョーンズ 西田敏行、初音映莉子、桃井かおり 伊武雅刀、羽田昌義、火野正平 中村雅俊、夏八木勲出演 ...続きを見る
soramove
2013/08/07 06:44

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