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zoom RSS 思い出エッセイ〔451〕「7月のある日(1)」

<<   作成日時 : 2013/07/15 08:13   >>

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 「Netで朝顔」 「北海道がドイツの植民地に!?」 「猫のこと」
(小タイトルを最初にご紹介することにしました)

今のマンションに住んで十数年になりますが、ベランダやバルコニーがあっても、花をゆったり、のんびり、育てられる場所が意外に少なく、一番向いているはずの南のベランダは、排水の関係もあり、タダでさえ風が吹くと、端っこの我が家には、畑土が吹き寄せられ、泥が溜まりやすいので、更に泥土を持ち込む、鉢花を置く気にはなりませhん。

もっとも、入居した当初より、周囲にマンションが一気に増えて、畑が少なくなり、風で吹き上げられる泥土が少なくなっていますが、これも周囲の環境を考えれば、一概にいい方向とは言えないのでしょうけど。

西にちょっと広いバルコニーがあるのですが、西日とはよく言ったもので、陽の強さは並みではなく、ゼラニウムなど強い花は育ちますが、風も相当強いし、まあ、私の、花を育てる気持ちも萎えているのでしょう、結局花が終わった鉢の置き場になってしまいました。
ただ西南の部屋には初めて住みますが、夕陽と言うのも実に色々な姿を見せ、夕焼けも美しいし、住むなら東南と言う考え方が変わりました。朝日は、元気だけど、必ず沈むものですしね。この次も(は、ないですけど)西南の部屋に住みたいと思っています。

玄関の前にちょっとした専用部分があり、そこが日照他植物に丁度いい環境で、と言っても、通路は清掃他の関係で蜂を置くことはできませんから、扉の前とかその並びの僅かな余地、それと窓の桟の辺りに鉢置きを取り付けて、いくつかの鉢が置ける位です。
昨年暮れに求めた数鉢のシクラメンが、窓辺で、5月になっても咲き続け、もったいないような気もしましたが、さすがに花に衰えが見えるし、季節感もかけ離れているし、引退させることにしました。

朝顔が、窓の桟に絡ませることもできて、一番向いているように思います。
以前住んでいた所では、花を栽培している、言わば産直の花屋さんに、車で行って、あれこれ求めたものですが、今は場所も限られているし、年もとったし、朝顔が程よいところです。

この頃は、花によって、すぐ配達してくれるものも多いようですが、3鉢か4鉢の朝顔を配達してもらえる所は、なかなかなく、ここ二三年配達してもらっているお店へ行ったところ、お店がなくなっていました。
聞いてみると、改築するようですよ、ということでしたが。

今年は朝顔なしということになりそうと、netの朝顔など見ていたら、配達するとあり、しかも送料無料とあります。
少々高めだけど、〜と〜など数種類の寄せ植えとある、頼むことにしました。

注文時期が早かったのか、配達まで結構日がありましたが、7月のある日、配達されて来ました。案外小さい箱で、上が開けてあり、まだ花が咲いていない朝顔が収まっています。結構簡単な荷造りです。蕾らしきものも見つからないけど、ダイジョウブかなあ・・・

花が咲いていない朝顔を買うのは初めてです。
昨日、パァーっと咲きました。青と白と地味な牡丹色、それに団十郎という種類のえび茶、かなり大きな花で、花弁が薄くて絹のような感じ。今までずっと、しっかりとした、庶民的な?感じの花を育てて来たので、とてもきれいに感じました。割りにすぐにダラっとするのですが、水を足すと、また元気になる。しかも僅か2日で、次々に咲く。
1鉢、まだ花の気配もないけど、だいじょうぶかしら。

所謂‘緑のカーテン’タイプの、葉が生い茂る種類を育てたことも何回かありますが、花が少ないのは寂しいし、葉の行き先の誘導にも結構気をつかいます。角部屋と言っても、角を廻っては具合悪いし、上へ行き過ぎても、ウチの範囲を超える。どっちにしてもあらぬ方向へ伸びないように気をつけなければなりません。

加賀千代女の「朝顔につるべとられてもらひ水」と言う超有名な句をいやでも思い出すのですが、何故朝顔を、ツルベしか巻き付くところがない井戸端に植えたのだろう、思慮に欠ける、ツルベに巻きついたのなら、外して、他に誘導すればいいのに、わざわざお隣まで水をもらいに行かなくても、ずっと水をもらいに行くこともできないだろうに、とカワイゲのないことを思ってしまいます。
芭蕉の‘古池や’他、二三句と共に、子供の頃、最初に教わる俳句で、ステキな句だなあと思っていたのに。

小学生低学年の頃は、夏休みの宿題などに、朝顔の観察が必ずあったし、家でも毎夏種を蒔いて、細い竹を立てたり、窓際まで紐を斜めに張ってそれに添わせるなどして、水遣りなど、朝顔の世話は子供の役目でした。
朝顔は種から育てるものと決まっているように思っていましたが。

これまでは、若い頃は、例えば、何でもnetでバリバリやって、年をとったら、種を蒔いて、ゆっくり育てる、と言う感じだったのが、逆になって来ているように思えますね。
その中にnetでしか買えなくなるかも。


「北海道がドイツの植民地に!?」
先月、書こうと思っていたのですが、間に合いませんでした。テレビをご覧になった方も多いと思いますが、私もビックリしたし、歴史フリークの家族も、初めて聞いたと言う、歴史と言うか、事実と言うか、NHK・BS3(2013/06/21 8:00 a.m.〜)の番組「歴史館:戊辰戦争 幻の東北列藩・プロイセン連合」で特集していたので、簡単にご紹介します。

戊辰戦争で、武器弾薬の類の不足が決定的となった、会津、庄内両藩が、当時の駐日プロイセン公使に、軍事支援を請い、代わりに当時両藩の領地だった地域の蝦夷地、つまり北海道(地図では3分の1強位に見えました)をプロイセンの植民地として売却する話を持ちかけた、と言う内容です。

この一事だけで本当に驚きましたが、番組は、それが事実であることを、当時のプロイセン宰相、ビスマルクの書簡関係の資料がドイツの公文書館に保管されていることも明らかにして、証明したのです。

北海道売却の提案に関心を持った、在日プロイセン公使、マックス・フォン・ブラントは、(会津藩の軍事顧問を務めたこともある)武器売買などに関わっていた、ジョン・ヘンリー・スネルに北海道について調査をさせ、特に農作物など、ドイツに必要な産物が得られるなど、プラスの評価を得た。

番組では実際に大盛りの野菜が登場します。
ジャガイモ、キャベツ、トウモロコシ、インゲン豆、大麦など、まさしくドイツの必需品です。

公使は、宰相ビスマルクに、北海道をドイツの植民地とすることに賛意を求めるが、結論を先に書くと、ビスマルクからは不同意の書簡が届きます。

理由として挙げられたていたことを全部は覚えていないのですが、同盟国(英国、仏蘭西、和蘭、伊太利亜、亜米利加)などに警戒感を与える、内戦に関わっている各藩に対する中立性が失われる、などだったかと思います。
プロイセンは、同盟各国と共に戊辰戦争については、各藩に中立の立場をとることを宣言して、歩調を合わせていたが、実は‘会津、庄内寄りの姿勢を見せていた’、また、普仏戦争直前で、ビスマルクには余裕がなかったので、北海道植民地化の提案に賛成しなかった(Wikipedia)とも言われている。

2010年に、NHK取材班は、ドイツの公文書館で、ビスマルクが北海道を植民地として取得することに反対する書簡を送ったことの関係資料を閲覧しており、事実であることが証明されている。
また番組出演者のA.H.バウマン氏は、このテーマ(ドイツによる北海道他植民地化計画)の研究者で、論文、著書等があると紹介されています(net)。

戊辰戦争の頃のことなのに、まるで現代のトピックであるかのように、とにかく驚いた、というのが、単純な感想です。
(この番組は、2011年に放送されたものの再放送であるようです)


「猫のこと」
「ネコは飼い主の声が聞き分けられる」という日本の研究結果が海外で話題に〜(Rocket News 24)
‘東京大学の齋藤慈子講師らが、一般家庭の飼いネコ20匹を対象に実験を行い、その結果、ネコは見知らぬ人の声よりも飼い主の声を聞いたときに、より頭や耳を動かしたり瞳孔を開いたりして反応することが分かった’という研究結果に、海外のネットユーザーが関心を示したとして、寄せられた感想の10例程が挙げられているのですが、その殆どが、飼いネコについての自慢?感想で、決定的な証拠を挙げていません。
その結果と言うか、飼い主の気持ちは、分かるような気がします。聞き分けるにきまっている、と思っているのでは。

ここは、久しぶりに、我が愛猫達の思い出を書く機会を得たとばかりに張り切っています。
最後の愛猫、ポロンとボウヤが、家族の声を聞き分けたことは、言うまでもないのですが、彼らより前の飼いネコ、ペロのケースは、その実例と言ってもいい、はっきりした証拠?があるので、書かせていただきたいと思います。

ペロは、我が家が買った初めてのブランド猫で(20数年も前のことですが)、チンチラ・ペルシア、全身白の中に顔などに、グレーの毛が混じっていることが特徴で、非常に美形の猫でした。
ところが、何とも気難しい気性で、結構長い間、全然慣れず、撫でようとすれば、引っ掻く、体を洗おうとすると、激しく抵抗した挙句に天井近くまで飛び上がったりするので、距離を置いた飼い方になりました。

まあ、でも、美しいということは得なことで、男性どもは、眺めるだけで、きれいだ、美人だ、と言い続け。実は飼い猫の中で、たった一匹の雌猫だったのですが、当時、親に時折過激な口をきくこともあった息子などは、ウチは、男は人間も猫も皆美形なのに、女はペロだけ、などと事実に反することを言う始末でした。

こんな猫でも日が経つ中に慣れて来るもので、気が向くと、膝にのってきたりするようになりました。暑くなると、自分で網戸を開けて、ベランダに寝そべっていました。
明らかに自分はこの家の一員だという認識が生まれたらしく、穏やかな落ち着いた様子で、何年も経つ中に、ゆったりとした風格のようなものも備わって来たように思えました。

ところが、ある日、いつものようにベランダで寝そべっていて、姿が見えなくなり、長いベランダのどこにもいません。
仕切り戸の下をくぐって、外に出たと思われます。

ここで、ペロがいなくなったのが、二回だったか、三回だったか、思い出せなくなってしまったのですが、とにかくその時は、一ヶ月以上帰って来ませんでした。
その間、掲示を出したり、管理人さんにお願いしたり、もっと広い範囲に広告を出そうか、猫探しを頼もうか、などと話したりしました。
マンションの一番端のベランダは、同じ造りで、一軒のお宅が、家を間違えたのか、ウチのベランダで寝ていたので、捕まえようとしたら、逃げてしまった、と知らせてくださいました。

家へ帰ったら、食卓の上で、白い猫が食パンを食べていた、同じ猫が、5階のベランダの柵の上を風のように走って行った、と言う、震えがくるような情報を寄せてくださった方もいらっしゃいました。

どこかで飼われているかも知れない、とも思っていたのですが、食パンを食べるなど、申しわけないと思いながらも、お腹を空かせているのだと、気になったり、生活力など全くない猫だから、と心配していたのが、案外、やって行ってる、などと、ちょっと安心したり・・・

ある日、同じ階の、あるお宅のガスメーター・ボックスに白い猫が入って行くのを見たと知らせて下さった方がいました。
丁度ウチにいた息子と、廊下へ出て、恥ずかしげもなく、「ペロ、ペロ」と大きな声で呼んだところ、何と、「ニャー、ニャー、ニャー、ニャー、」と4回、大声で返事をしたのです。

20メートル位の距離だと思います。走って、エレベーターの近くのお宅の前に行き、そこで、ペロが自分で出て来たのか、メーターボックスを開けさせていただいたのか、今思い出せないのですが、もう一度ペロ、ペロと小さい声で呼んだところ、はっきり返事をしました。

猫は、遠くからでも、飼い主の声を聞き分けることができるのだと、身を以て知った実例です―2013/07/14―《清水町ハナ》

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