思い出エッセイ

アクセスカウンタ

zoom RSS 思い出エッセイ〔357〕「昔の昭和:ちょっと思い出したこと3」

<<   作成日時 : 2011/09/01 20:25   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 昔、病気をした時の、言わば病人食、重湯、お粥などについては書いてきましたが、葛湯のことを忘れていました。それと冷蔵庫がない頃、食べ物がいたんでいないか特に注意を払いました。この二つについて書いてみたいと思います。

1.葛湯のこと
子供の頃、ちょっと風邪を引いた、熱が出たと言うと、すぐに食事がお粥に代わりました。お腹をこわしたりすると、一日絶食させられました。
ふらふらになって、夕食にやっとお粥が出て、梅干に精々ウズラ卵を二つ位落としただけなのですが、それが美味しかったこと、食べ物の有難さを知る瞬間でした。

今は下痢をしたら、まず水分をとることを考えますが、昔は寧ろ水分は控え目と考えられていたような気がします。普段も井戸水は勿論、水道の水も生水と呼んで、特に幼い頃は、勝手に飲むことを禁じられていました。湯冷ましを用意したり、夏は麦茶をつくるのですが、お腹をこわしたからと言って、湯冷ましなどを飲むように言われたことはありません。お腹を冷やすことが一番避けるべきことと考えられていて、水分はマイナスに考えられていたように思います。

絶食をさせられている時、そう言えば、薄い葛湯が出たと思い出しました。
葛粉を水で溶いて、小さいお鍋でとろ火でゆっくりかき回しながら、固まらせます。葛粉を少なくすれば、とろみの薄い飲み物状となり、粉を多く入れれば、温まるほどに固くなり、夏など、適当な大きさにして水に落とし、形を整えて、冷やして、おやつになりました。

お砂糖を途中で入れます。濃い目の葛湯、と言うか、最早湯ではなく、固体に近いのですが、そのまま、おやつになることもあり、楽しみというほどではありませんが、適当に好きでした。
葛湯を作ることは、子供にも結構任されて、牛乳沸かし用の小さい鍋で、火鉢などでトロトロとかき回し続けたものです。

病気の時は必ず、普段も本当に馴染みのあったものなのに、一度も書いたことがありませんでした。
そう言えば、自分の子供に葛湯を作った記憶がなく、それだけ健康で、またお腹をこわしたからと言って、すぐに食事制限をすることもしなくなっていたのですが、おやつも、ドーナツとかホットケーキとか、いかにもおやつ然としたものしか作ったことがなかったと今頃気がつきました。


2.ピーマンが腐った
ここ何日かの話です。夕食は、牛肉の切り落としを解凍して、超久しぶりの青椒肉絲と決めていました。お肉の下拵えもして、次にピーマン。取り出そうとしました。袋がグチャッとした。
え、何だか分からず、もう一袋、これもグチャッ。水が溜まってる。
手を放しそうになって、慌てて流しに置いた。

見ると完全に腐っている。変色して、形を留めていないのもある。我が目を疑いました。ピーマンですよ。買って三日。生食するものなら、その日のうちとか精々翌日と思っているけど、ピーマンは一週間、十日でももつと思い込んでいる。大体傷みかけたピーマンなんて見たことがない。それも尋常ではなく、形が崩れて、液体になっている。信じられない。

勿論買った時はピカピカ光っているし、触ってもみました。
ショックで、暫く茫然としていました。食欲もなくなって、ピザでもとろうかなどと話したりしましたが、ご飯も炊けているし、思い直して、椎茸と真空パックの茹でタケノコを使うことにしました。かなり前に買った被災地の若布と調理する予定のものでした。
何ヶ月ももつということで、我が家の、非常時用も兼ねた、買い溜めならぬ買い置き食料の一つです。

ウチは、普段はチンジャオラオスーに筍を使わないので、目先が変わって、それなりに美味しく出来ました。

前置きが長くなりました。
子供の頃、食べものが悪くなっていないか、相当気を遣いました(食べ物が「悪くなる」「傷んでいる」という言葉を昔はよく使いました。「腐っている」ほど強くない言葉です)。
あらゆる保存手段が整っている現在、上記のような考えられないことが起きる矛盾を書いたのですが、洒落にもならないという感じです。

まあ、でも気をとり直して、氷冷蔵庫しかなく、今日一日の保存、或いはちょっと冷やすということしかできない、つまり殆どの食べ物について、新鮮かどうか、傷んでいないか、チェックしながら使っていた昔、簡単にその方法を書いてみます。

水については、一度触れたことがありますが、井戸水は絶対に生水は飲まない。水道水は飲み水に適するとされていましたが、我が家では蛇口をひねって、コップで水を飲んだ記憶は殆どありません。湯冷ましとか白湯(さゆ)と言うのは子供には美味しくないものでした。とにかく水は煮沸する、と言うのが特に家庭で、子供に与える場合の原則だったように思います。

朝御飯を考えると、卵の見分け方はただ一つ。割った時黄身が流れないか、それだけです。若干流れても、まあ、だいじょうぶということになります。
今と違って、血が入っていることがよくあり、少々だったら、取り除いて使ってしまいますが、アッと思う程入っていたら、使いません。
黄身が丸い形を保っているかどうかは、今でも私は基準にしていて、賞味期限を過ぎていても、流れていなかったら、OK。形を保っていなかったら、期限内でも失格です。

納豆についてはあまりだいじょうぶかなどとチェックしませんでした。子供の時は大豆を腐らせたものと認識していましたし。粘り気がなくて、サラッとしているとよくないと聞いた覚えがありますが。
ご飯は、朝は炊くので問題ないのですが、翌日、夏場などちょっと傷んでいる時があります。
最初は微かにすえた臭いがしたと思いますが、その臭いがきつくなったり水っぽくなったら、もうダメだということだと思いました(そこまでご飯を残すことはないので)。

ちょっと傷みかけているかなと思ったら、まず焼きお結びにします。お醤油をつけて、コンガリ焼きます。好物ですから、喜んで頂いてしまいます。
戦時中、北陸で空襲に遭って、市役所からとりあえずの寄宿先に指定された農家を探している時、朝から何も食べていなくて、フラフラになっていたのですが、兵隊さんが丼一杯の雑炊を持って来てくれました。喜んで食べようとしたら、強烈な饐えた(すえた、こんな漢字です)臭いがして、私もこれは食べられないと思いましたが、母も小声でこれはダメと言って、そのまま食べないままにしたか、外にでも捨てたか覚えていませんが。

奥から何人かの話し声がしたので、後で、兵隊さんも空襲に遭って、一時その家にいたのだろうと思いましたが、雑炊にしてもあれ程傷んでいるというより腐っているご飯を使ったのかと思いました。雑炊にすれば、ばれないと思ったのでは。そういう家だったわけです。

お餅は黴が生えますから、その前に水餅と言って、お餅にヒタヒタの水を張って黴の予防をしますが、それでも生えて来て、アオカビなら削ればダイジョウブ、黒カビが生えたらダメということでした。今なら冷凍すれば長期間もちますが。

お味噌なども黴が生えますが、適量を買うのと、朝は必ずおみおつけを作りましたから、使い切って次を買っていたと思います。
お醤油は今と違って、一升瓶買いで、今より消費量がかなり多かったのではと思います。

お魚は見た目。例えば鯵なら、活きのいいのは子供が見ても分かりますが、まず目が生きていること。赤かったりしたら、ダメ。身が反っていて、艶があるとか、今も変わらない見た目です。
サバは鯖の生き腐れという言葉が昔はあり(今もあるかも知れませんが)、見た目に新鮮に見えても古い場合があると聞いていました。私は長い間、鯖を食べると、蕁麻疹が出るというアレルギーがあり、つい最近まで何の関心もないし、家族の好物の鯖寿司などを買ってもひと口も口にしませんでした。
それが割りに最近、これも家族の大好物だった、鯖の浜焼きをひと口食べたら、サッパリしているし、いつの間にか鯖アレルギーも治っていることが分かり、たまに取り寄せます。

干物は割りに見た目では分かりにくいのですが、子供の頃、「これは舌を刺す」から新しくないと食べるのを止めさせられたことがあり、確かに舌にピリッとくる刺激があって、今でも覚えています。

アサリとか蜆のおみおつけ、吸い物は頻繁に食卓に出ましたが、貝の見分け方は今も同じ。口が開かなかったら、死んでいると言って、取り出します。今は口が開かない貝は殆どありませんが。最近は砂抜きをしたものも多いようですが、昔は砂抜きは必須。結構時間がかかり、水を張った中に包丁を入れました。ステンレスの包丁などありませんから、鉄が砂抜きに何らかの効果があると考えられていたようです。

私は野菜嫌いで、それも徹底していたので、そこまでなら仕方がないと諦められていた風がありましたが、これだけは食べなさいと言われたのが、ほうれん草のお浸しです。鰹節がかかっているのを飲み込むように食べました。今は野菜自体が昔と比較にならないほど美味しくなっていると思います。

サツマイモとかジャガイモは、ホクホク美味しければ、好きだったのですが、特に食糧事情が逼迫してサツマイモと南瓜しか食べるものがない、それもザクザクで不味いのが殆どで、何十年もこの二つの野菜を拒否して来ました。今も天麩羅でこの二品は抜けるものなら抜いてもらいます。

カボチャのスープは好きですし、スィートポテトと呼ばれるお菓子は昔から好きでしたが。
ジャガイモは保存用として結構な量を置いていて、芽が出ると、毒だから、まわりから深く取るようにという教えを今も守っています。

子供の頃、お刺身や握り鮨を食べた記憶がなく、それは母が生ものに極端に神経質だったからのようで、お隣の親戚はどこそこのお寿司屋から出前をとっていたそうです。
大人と子供の食べ物が違っていたという感じで、バナナなどは疫痢になるからと食べさせてもらえないままに敗戦となり、私がバナナを初めて食べたのは、戦後何年か経ってからです。

母は火が通っていさえすればいいと考える傾向があり、お料理はお客が見えると張り切って作るけど、普段は面倒というタイプで、戦後は益々その傾向が強くなって行くのですが、それはともかく、生ものはアブナイという考えはずっと持っていて、私の子供が5歳とか6歳になっている時、トマトを子供に食べさせるのはよくないと言い出して、まさかそんなことで譲るわけにもいかず、ダイジョウブだからとか言っている中に怒って、今から神戸に帰ると言い出したりしたことがありましたっけ。あのきつさと言うか、聞かん気をずっと持っていてくれたらよかったのですが。おっとこれも脱線でした。

私が子供の頃、特に食べ物について、傷んでいないか、新鮮か、常に気をつけていたことを思い出した分だけ書いてみましたが、最初のピーマン事件をもう少し考えてみたいと思います。

「買物難民」とまではいかなくても、毎日買物に出ることはできない、まとめ買いやnetスーパーの利用で対応をしているけど、野菜がネック。つまりまとめ買いができない、確かに冷凍できる野菜は多いけど、そうそう冷凍してまでという思いはあり、そんな中で、久しぶりに少しまとめて野菜を買ったわけです。すぐ使わなければならないものと少しは日保ちするものと選んで買ったつもりでした。

ピーマンがあっという間に腐ったのにはほんとにビックリしましたが、実は、もつはずの野菜がすぐダメになるということは、今迄も二三回経験しています。見るからにいい椎茸が二日で変色してしまったり。
野菜がもたない、という感じを持っています。
我が家で冷凍している韮は、解凍すると、青々しています。すぐ使うので、例えば一日近く置いたらどうなるか分かりません。

結果を見て、と言って、何か断言できるわけではないので、寧ろあくまで素人の想像ということの方がいいかと思うのですが、例えば、野菜を冷凍、乃至はかなりな低温で保存して、それを店頭に並べたら、本来のその野菜の保存可能な期間、新鮮なままであるのかということをちょっと考えてみました。
例えばほうれん草などは、新聞紙に包んで野菜室に入れれば、思ったより日保ちするものですが。

食べ物が傷んでいないか、新鮮か、どうやって見分けたか(私の子供時代)を書いてみようと思ったのが、野菜を使おうとしたら、思いがけずダメになっていたことがキッカケと言うのも皮肉なことです。  《清水町ハナ》

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
思い出エッセイ〔357〕「昔の昭和:ちょっと思い出したこと3」 思い出エッセイ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる